家族を想うとき

劇場公開日:

家族を想うとき

解説

「麦の穂をゆらす風」「わたしは、ダニエル・ブレイク」と2度にわたり、カンヌ国際映画祭の最高賞パルムドールを受賞した、イギリスの巨匠ケン・ローチ監督作品。現代が抱えるさまざまな労働問題に直面しながら、力強く生きるある家族の姿が描かれる。イギリス、ニューカッスルに暮らすターナー家。フランチャイズの宅配ドライバーとして独立した父のリッキーは、過酷な現場で時間に追われながらも念願であるマイホーム購入の夢をかなえるため懸命に働いている。そんな夫をサポートする妻のアビーもまた、パートタイムの介護福祉士として時間外まで1日中働いていた。家族の幸せのためを思っての仕事が、いつしか家族が一緒に顔を合わせる時間を奪い、高校生のセブと小学生のライザ・ジェーンは寂しさを募らせてゆく。そんな中、リッキーがある事件に巻き込まれてしまう。2019年・第72回カンヌ国際映画祭コンペティション部門出品。

2019年製作/100分/G/イギリス・フランス・ベルギー合作
原題または英題:Sorry We Missed You
配給:ロングライド
劇場公開日:2019年12月13日

スタッフ・キャスト

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受賞歴

第72回 カンヌ国際映画祭(2019年)

出品

コンペティション部門
出品作品 ケン・ローチ
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(C)Sixteen SWMY Limited, Why Not Productions, Les Films du Fleuve, British Broadcasting Corporation, France 2 Cinéma and The British Film Institute 2019

映画レビュー

5.0「あなたがいないと寂しい」

2019年12月25日
iPhoneアプリから投稿

「ケン・ローチの映画が始まる! 観なくっちゃ!」と、思ってようやくこの日。やっと観れる、というわくわくと、覚悟にも似た緊張感と。今回もやはり、ひたすらのめり込む100分だった。
 ケン・ローチ監督を意識するようになって、随分経つ。作品を重ねるごとに、題材がどんどん身近になっているように思う。こと本作は、他人ごととはとても思えず、まさに「自分ごと」。仕事と家庭のバランスの難しさ、介護職のハードさ、宅配業の負担、「お客様」を振りかざしたクレーム、寛容さのかけらもないやりとり。海の向こうの遠い話どころか、ドアの内外で繰り広げられている日々の光景とオーバーラップする。世界は、どんどん縮んでいるのかもしれない。息苦しいほどに。手書き風のタイトルロゴが、家族宛てのメモに使われる、不在連絡票のロゴから採ったものと気付き、原題に込められた意味にはっとした。
 そのくせ、映画館の出口で「絶望に向かうしかない」と呟いていたおじさんには猛烈に反論したくなって、この文書を書いている。確かに、ラストは明るさとはほど遠い。けれども、私がまず思い起こすのは、家族みんなが揃った夕食がドライブに転じる夜。それから、介護中に古い写真を見せ合い会話を交わす昼下がりだ。ほんのひとときなのに、彼らの生きている(生きてきた)時間がぎゅっと凝縮されていて、物語にあたたかみとふくらみを与えていた。
 記憶鮮やかな前作「わたしは、ダニエル・ブレイク」の力強さが再燃するのでは、という淡い期待もあった。病院で妻が啖呵を切るくだりで、もしや、と思ったが…カタルシスには至らず。(病院に集まる人々は、エネルギーが枯渇しているのだから致し方ない。)一致団結の盛り上がりを避けたことで、個人の不幸せは社会のせい、こんな世の中に誰がした、などという安直な着地点を、断固拒否しているようにも思えた。社会が悪いと言い続けても、誰かがなんとかしてくれるわけではない。社会と個人は対極ではなく、地続きだ。では、彼らは(私たちは)どこで逸れ、何が誤ったのかと、今も必死に頭を巡らしている。
ふと、ジョン・レノンが亡くなった日の、知人の話を思い出した。彼は、その訃報を床屋のラジオで聞き、ショックでそのまま帰ったという。その話を本人から聞いた私と友人は、ケープをつけたまま街に彷徨い出る姿を想像し、それほどの事件だったのかと感服した。…しかし、それから数年後の冬、改めてその話を出したところ、「髪は切り終わっていたので、髭剃りを止めただけ」とあっさり言われ、私たちはひどく拍子抜けした。けれども、それもそうだなぁと納得した。
だから、というのは唐突かもしれないけれど…お父さんには、格好悪く帰ってきてほしい、と切望する。ガス欠とか、ゴミ箱に突っ込んで車が故障するとか、なんでもいいので。
きっと、皆は暖かく迎えてくれるはず。笑いながら、照れながら。
そんな姿をぐるぐる想像しながら、寒さに負けないように家に帰った。

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cma

5.0バラの花どころかパンも買えなくなった労働者

2020年1月31日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

ケン・ローチは60年間、ずっと同じ問題意識で同じテーマを取り続けている作家だが、近年ますます彼の問題意識が社会の中で重要になってきているような気がする。
本作は前作『わたしは、ダニエル・ブレイク』の取材でフードバンクを訪れた時に、職があるのに食べ物に困っている人が多くいることに気が付き、本作を制作することにしたと言う。ケン・ローチはかつて「ブレッド&ローズ」という映画を作ったことがある。ロスのビル清掃人のデモを描いた作品だが、タイトルは、「生きるのに必要なパン(ブレッド)だけじゃない、人生を華やかにするバラの花(ローズ)も買えるだけの賃金が欲しいんだ」という意味のデモのスローガンから来ている。しかし、本作のきっかけになったフードバンクで、バラの花どころかパンを手に入れるのも困難な人々がいる現実に直面したわけだ。労働者階級にとって、社会は確実に悪くなっている。そんな理不尽な状況を引き起こす経済システムに対する怒りに満ちたパワフルな作品だ。

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杉本穂高

4.5原題の含意、問題への怒り

2019年12月29日
PCから投稿
鑑賞方法:試写会

泣ける

悲しい

原題の"Sorry We Missed You"は宅配業者の不在票の文言からとられていて、「あいにくご不在でした」といった意味。日本の事務的な不在票より人間味を感じさせるフレーズだが、宅配の文脈を離れるなら「あなたがいなくて残念」ともとれる。家族と一緒に過ごし幸せになりたい、しかしそんなささやかな夢のために働くことが逆に家族との時間を奪っていく…という、現代の労働環境をめぐる問題に翻弄される家族の思いも込められていると感じた。余談めくが、ピンクフロイドの名曲の題『Wish You Were Here(あなたがここにいてほしい)』と対になるようなフレーズでもある。

前作の「わたしは、ダニエル・ブレイク」もそうだが、ケン・ローチ監督は現代社会の構造的な問題に苦しめられる弱者を見つめ、彼らに寄り添い、静かな怒りを映画で表明する。堪らないラストが記憶に刻まれ、いつまでも感情を揺さぶり続ける。

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高森 郁哉

4.5ありったけの尊厳を込めて描かれた珠玉の家族ドラマ

2019年12月26日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

ケン・ローチ映画では登場人物の誰もが幸せになりたいと願い、努力する。しかし、幸せは近づくどころか、遠のいているようにさえ思える。次第に笑顔も消えていく。これを「うまくやらなかった本人のせい」と片付けることもできるだろうが、ローチはそうはしない。システムそのものがおかしいのではないか、と社会全体に痛烈な疑問を投げかけるのだ。

本作で「フリーランス」が描かれるとき、フリーランスで働く私自身も他人事とは思えなかった。その存在は時に舐められ虐げられ、家族の絆も引き裂かれそうになる。それでもなお彼らが「善くありたい」と願い続ける姿を、ローチはありったけの尊厳を持って描く。我々がローチ作品に心を動かされるのもまさにこの部分だ。時にユーモアすら挟み込みながら深刻な物語を絶望させずに伝える。これほど厚い魂と筆致を兼ね備えた映画作りができるのは、世界広しといえどローチくらいしかいないと、そう強く思うのだ。

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牛津厚信