劇場公開日 2019年12月13日

家族を想うとき : 映画評論・批評

2019年12月3日更新

2019年12月13日よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほかにてロードショー

弱者に手を差し伸べる弱者の気高さと優しさ。全編にローチらしさがみなぎっている

生活のために働くことで、生活そのものが立ち行かなくなる。日本でも、コンビニの24時間営業をめぐって表面化した労働問題に、ワーキングクラス映画の巨匠ケン・ローチが切り込んだ。

文字タイトルだけの画面に面接の音声が流れる導入部は、ローチの前作「わたしは、ダニエル・ブレイク」と同じ。面接で不興を買うダニエルと違い、この映画の主人公リッキー(クリス・ヒッチェン)は面接に受かり、フランチャイズの宅配ドライバーという個人事業主の地位を得る。が、彼がダニエルより幸運かといえば、そんなことはない。人間関係の面ではより苦悩する。ダニエルが就活の過程で出会う人々と友情の絆を育むのに対し、リッキーは、苛酷な労働環境によって家族の絆を破壊されてしまうからだ。

宅配業を始めるために、リッキーは、妻アビー(デビー・ハニーウッド)の車を売ってトラックを買う。良かれと思った選択だが、これが裏目に出る。バス通勤になったアビーは家を空ける時間が多くなり、不満を募らせた子供は非行に走り、その後始末で仕事を休んだリッキーは家族に当たり、子供はますます反抗する。小さな選択ミスを起点に物事が悪い方へ悪い方へ転がっていく展開は、「シンプル・プラン」のような犯罪サスペンスで、ひとつの番狂わせが番狂わせを呼ぶパターンを踏襲している。この映画に、社会派ヒューマンドラマらしからぬ緊迫感が漂っているのは、そのためだろう。

とはいえ、全編にはやはりケン・ローチらしさがみなぎっている。最大の特徴は、人間を責めるのではなく、リッキー夫妻のようなワーキングプアを作り出す「社会のシステム」を責めている点。これは、ローチが社会問題告発型の映画を作り始めた「レディバード・レディバード」から貫いている姿勢だ。さらに、自分よりも弱い者に手を差し伸べる弱者の気高さと優しさをクローズアップしているところも、ローチらしい。訪問介護の仕事をするアビーが、粗相して落ち込む老人を「私はあなたから学んでいる」と励ます場面には感涙を誘われる。このアビーが、バラバラになりかけた家族の要になっているところに、救いのない物語の微かな救いが宿っている。

矢崎由紀子

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