ひとよ : インタビュー
佐藤健×鈴木亮平×松岡茉優、“家族”として向き合って得た確信
白石和彌監督の最新作「ひとよ」は、家族という普遍的なテーマに観る人の心を大きく揺さぶる、最初から最後まで揺さぶり続けるヒューマンドラマだ。母親は子供たちを執拗な暴力から守るために父親を殺め、その“ひとよ(一夜)”の出来事で家族の人生は大きく変わってしまう──。「何故こうも家族から逃れられないんだろうと考えた」「自分が家族にどんな思いを持っているのか発見できる映画」「家族に対して何か抱えて生きている人に許されて欲しい」と語るのは、稲村家の兄妹を演じた主演の佐藤健、鈴木亮平、松岡茉優。この作品への熱い思いを語った。(取材・文/新谷里映、写真/間庭裕基)
原作は、劇作家・桑原裕子の率いる劇団KAKUTAの舞台。映画の物語は事件から15年後、家族が再会する“今”をメインに、次男を主人公に据えて綴られていく。15年前の事件と、事件後それぞれの15年間を背負って演じる、その準備は大変そうに見えるが、次男・雄二を演じた佐藤は事前に役を作り込むことをせず「現場で作っていった」という。
「準備したのはヒゲを生やしたぐらいで、こういう(取材の)場で語れないのが申し訳ないくらい、どんな役づくりをしようとか、どういうものを現場に持って行こうとか、そういうのが全くなかった。もちろん、ドキュメンタリー的なアプローチはこの作品このキャラクターだからです。今回は、その場で感じたものを雄二として演じただけなので、雄二が母親をどう思っているのかさえも、よく分からないまま(敢えて決めずに)演じていました」
そういう芝居ができたのは、白石監督をはじめスタッフも共演者も全員が「同じ方向を向いていて信頼していたから」だとつけ加え、長女・園子を演じた松岡は三兄妹の自然な芝居についてふり返る。「再会のシーンで、雄二が久々に故郷に帰ってきて3人で会うシーンを撮ったとき、ああこの撮影は大丈夫だって感じたんです。3人ともちゃんと兄妹として出会えていたし、久しぶりの空気が流れていたし、久しぶりに会った家族ってこんな感じなんだろうなって」
長男・大樹を演じた鈴木は「誰も(こういう芝居をするぞと)決めて来ないことが、すごく居心地がよかった」と続ける。「決して力を抜いているわけではなくて、(この作品の場合は)相手から影響を受けるのが一番だと思うんです。なにか“やろう”とすると、空気感が壊れて、偽物的な空気が流れてしまいますから。家族の話なのでみんな相手頼みの芝居をしている、それがいいんですよね、肩に力が入っていないのが。ただ、大樹は吃音のため撮影の5カ月前から吃音についての準備はしました」
幼少期の大樹と大人の大樹、吃音のクセをどこまで似せるかなどは丁寧に作り込んでいるそうだ。吃音のため人とのコミュニケーションが苦手な大樹というキャラクターを鈴木が演じる、そのギャップもいい。松岡は「3人とも見たことのない役でしたよね」と楽しそうに兄たちを解析する。「佐藤さんは佐藤さん史上最大に格好良くない役だし、鈴木さんは鈴木さん史上いちばん頼りにならない役で、しかもマザコンだし、私は松岡史上……何だと思います?」と兄たちにパスを投げると、佐藤と鈴木が「しょうがないなあ」という面持ちで妹をアシストする。
佐藤は「これぞ松岡茉優という役だったんじゃないですかね。稲村兄妹の空気感をデザインしたのは間違いなく園子で、三兄妹をデザインしたということは、この映画をデザインしたことにもなりますよね」。鈴木は「みんなが引き算の芝居をしているなかで足し算の芝居をするのはとても勇気がいるんですが、松岡さんが空気感を作るセリフを足してくれた。それはぜんぶ効果的でした」
兄たちの言葉に「わあ、嬉しい! 恐縮至極です」と、笑顔いっぱいに喜ぶ松岡の姿から、きっと撮影現場でも彼女がムードメイカーとなり、いい雰囲気を作っていたのではないかと想像がつく。また、この3人を兄妹役であることもこの映画の魅力のひとつであり、さまざまな役を演じてきた彼らの新しい一面を引き出している白石監督もやはり凄い。「楽しかった」「やり甲斐があった」「安心できた」「ワクワクした」……という俳優たちの言葉からも、いかに白石監督を信頼しているのかが伝わってくる。
三兄妹の母・こはるについての話題になると、ほんの少し緊張感が漂い、女優・田中裕子の芝居は「刺激的な瞬間の連続だった」と松岡が代表して語る。「みんな一致の意見だと思いますが、田中裕子さんのお芝居は、演者だけではなく、スタッフさんもザワつくくらい、そう来る!? そうなる!? の連続でした。決して奇をてらうわけではなくそれがスタンダードで、私たちが考えつかないお芝居でした」。
15年ぶりに帰って来た母親と子供たちはどう向きあうのか。子供たちの幸せのために犯した罪とはいえ、事件によって子供たちは周囲から誹謗中傷を受け続けた──。大樹、雄二、園子、それぞれの母に対する思いを俳優たちがどう演じているのかもこの映画の見どころになっている。そして、この映画と出合った人は、家族について考える、深く考える。演じた俳優たちは、いま何を思っているのだろうか。
鈴木は「すごく力強い映画」だという。「見た人それぞれ感情移入する人物も場所も違う、それってすごくいい映画である証だと思うんです。この映画を観て、自分がどういう感想を持ったのかによって、その人が家族にどんな思いを持っているのか発見してもらえる、家族に対して抱いているものを確認してもらえる、そういう映画だと思います」
松岡は「風通しのいい現場」だったからこそ、自分にとっても素晴らしい作品になったという。「スタッフさんたちも気持ちのいい方々で、本当に現場が楽しかった。大好きな映画です。多くの人に見てほしいですが、家族に対して何か抱えて生きている方にも見てほしい。劇場に許されに行ってほしいです」
「監督や出演者のみなさんに引っぱってもらって、これまでで一番、他力本願な現場でした」と謙遜しながらも、主演の佐藤はこう締め括る。「なんで家族って、ここまで逃れることができないんだろうって思いました。家族と言ったって、血が繫がっているだけの他人なのに、絶対に仲良くしなければならない決まりもないのに、なぜこうも逃れられないんだろう……って。そんなふうに考えさせられた映画です」