ドラゴンクエスト ユア・ストーリーのレビュー・感想・評価
全1136件中、441~460件目を表示
最高😃⤴⤴三回泣きました❗
ドラクエ大好き人間の自分は、絶対に見ると決めてました。ネットで低評価の奴が多すぎたが、予想を越えて最高でした。こんな素晴らしい映画を作ってくれた監督に感謝します❗
あのドット画のドラクエをものすごい映像美で再現してくれています。子供の頃に夢見た物を越えています。音楽は当然最高だし、声優も良かった。主人公の佐藤健さんの声はめちゃマッチしてます。パパスだけもっとオジサン声の方が良かったけど、些細な事です。感動で三回泣きました。確かにラストはビックリしました。個人的にはそのまま普通にラスボスのミルドラースを倒して終わった方が良かったかもと思うけど、それでも最高です。低評価してるやつ、お前らこんな映画作れんやろ❗
誠意・敬意・熱意のない映画
低評価の理由としてラストシーンを挙げる方がとても多いので、その点は触れません。もちろん、あの展開は脱力するほどダメでした(ドラクエ作品にあんな手垢のついた古臭いネタを工夫もなくオチとして持ってきた、という事も脱力ですが、そもそもあの展開へ持っていく流れ、伏線、構成もうまくないため純粋にヘタクソだなと思います)
それ以前のシーンは良かったのに、という方もいるのですが、私はそれまでも普通に「ヘタクソだな」と感じました。ドラクエ5が何故今も多くの人に愛されているのか、その肝を真剣に考えたようにはとても感じられませんでした。
特に嫌悪感を感じてしまったのが、この作品の山場であった、結婚シーン・ブオーン戦です。
結婚エピソードについては(ゲームプレイ時には私はビアンカを選んでいましたが)、今回のストーリーであればどちらでも特に違和感はありませんでした。少年期がカットされているため、ビアンカとの交流も劇中では描かれず、どちらに対する思い入れも大差なく結婚シーンを迎えるためです。むしろ、主人公と再会した時に素直に喜びを表現している点、ルドマンの「(主人公が)死んだと聞いてとても悲しんでいた」という言葉を考慮するとフローラを選んでほしいと思っていました。
しかし結果は、「フローラを一度選んで、やっぱりやめてビアンカを選ぶ」という、「どちらかしか選べない究極の選択」に対するとても雑な第三の回答でした。
もちろんこの展開も、描写がうまければあり得ると思います。しかし主人公は「あれだけプロポーズで喜ばせておきながら」「その日の夜には思い直し」「本人ではなくルドマンにだけそれを伝え(本人に言うつもりで行ったらルドマンに会って先に話してしまって、という展開だったのかもしれませんが、描写がない点に対する想像によるフォローは無意味だと思うのでやはり「せめて本人にちゃんと伝えよう」という描写がないのは不誠実に見えます)」「ルドマンが悪者になってまでフローラにこの話が伝わらないようにしたにも関わらずよりによって町の酒場で、公衆の面前でビアンカにプロポーズをする」という、信じられない行動を取ります。これ、いい話でしょうか?私は主人公とビアンカを祝福する気持ちには全くなれませんでした。
フローラが実は主人公の本心に気づいて後押しした、という描写がありますが、主人公視点ではそんな事知らないのでフォローにもなっていません。主人公の不誠実さに対して、フローラの健気さが際立つだけです。
さらに言うなら、ラストのあの展開を考えると、単なるNPCでしかないフローラが何故「自己暗示プログラムを解除できるアイテムを持っていたのか」など、行動面にも大いに疑問が残ります。
次に、ブオーン戦。なかなか迫力のある絵も多く、戦闘は良かったと思います。ブオーンの巨大感・強大さはよく再現されていました。
しかしそのラスト。ブオーンを仲間にするくだり。主人公はブオーンの弱点である額の目に剣をつきつけ、「死ぬか従うか選べ」と告げます。ブオーンは「死にたくはねぇ」と言って従います。これ、単に命をネタに脅迫しただけです。ドラクエ5における「モンスターが仲間になるシステム」をこういう意味と解釈したのでしょうか?
ドラクエ5はシリーズ作品で初の、「主人公が(少なくとも狭義の)勇者ではない」物語でした。しかし彼は(勇者の手を借りながらとはいえ)世界を救います。これは4までの「選ばれし勇者が世界を救う」という物語とは全く意味が違ってくると思います。
三代にわたる親子の物語、結婚システムも含めた家族の物語という視点で語られることが多い5ですが、私はその本質は「それらも含め、さらにモンスターとも心を通わせる事ができる主人公」による絆の物語だと考えています。彼は強く公平で優しい心を持っていて、それゆえに「田舎の村娘であるビアンカ」と「都会の金持ちの令嬢であるフローラ」を公平に見つめることができます。あるいは、「王子であるヘンリー」とも友達になれるし、「他の人には見えない妖精」とも「人間を襲うモンスター」とも、心を通わせることができます。そういう彼だからこそ、多くの存在が力を貸してくれて、悪を打倒できる。「選ばれし勇者」でない彼も、強く優しい心で悪と闘える。それこそが私がこのゲームから受け取った最大のセージでした。
しかしこの映画の主人公は、モンスターを脅迫することで味方にします。そもそも劇中でモンスターは三体しか仲間にならず、そのうちのスライムは実は純然たるモンスターではありません(そしてキラーパンサーはおそらく原作エピソードを消化するために選ばれたものではないかと思います)。数少なく、かつおそらく唯一意図的に選ばれたモンスターであるブオーンは、脅迫により仲間になる。主人公の優しさを感じることは出来ませんでした。
もちろん、この「主人公」はプレイヤーでしかありません。彼の行動はすべて、「私たちが好きだったドラクエ5の主人公」の行動ではありません。しかし彼は劇中で唯一登場する「すべてのドラクエ5プレイヤーの代表者」です(ユアストーリー、と銘打つ以上その意図は明白でしょう)。その彼に、こうした行動を取らせる意味を考えなかったのでしょうか。それともこれらもすべて、「ドラクエ5の主人公であればこんな行動はとらない」という違和感をもたせることでラストへの伏線とする意図があったのでしょうか。だとしたら何重にも不快な描写で、私はそれを「うまい」とは到底思えません。
他にも挙げたらキリがありませんが、ドラクエ5という物語の魅力をよく吟味し検討して描かれた作品とは、私にはどうしても思えません。
とても残念でならない。わかりやすい盛り上げどころ(戦闘シーンなど)はさておき、本質的に気持ちを盛り上げていく流れは観客の「ドラクエをプレイした時の感動・思い出による補完」に任せている。そんな中でも良い所を感じ取り、受け止め、ラストシーンに向けて惹きつけた観客を最後に突き落とす。
私はこの映画から、原作やファン、観客に対する誠意・敬意・熱意は感じられませんでした。
※小説版ドラゴンクエストⅤの作者である久美沙織先生から提訴されている件に対しては、せめて誠実に対応される事を切に望みます。
ゲームを中断させられた気持ち
満点ですが、最後で全てが台無しです。例えて言えば、ゲームのクライマックスに知らんおっさん(監督)に話しかけられて「君、ゲームが好きなんだね。頑張れよ。」とか言われた感じ。監督の自己満足メッセージはいらない。
面白かったと思うけどなぁ
ラストシーン、みんなが言うような悪い改変のようには思わなかったよ?
とても爽快な作品だったと思うし、晴れ晴れとした気分で作品に満足して映画館を出たよ。
騒いでるファンは無視して、それぞれが思ったように楽しめばいいと思う。
原作愛が深いと、ここまで許容範囲が狭くなるとは制作陣も認識してなかっただろうねぇ。
台無しに
最後の敵との戦いまでは、ドラゴンクエストらしく、とてもよくできておりました。
しかし、何の伏線も無く、突然
これまでの主人公達の物語や観てる観客の感動を【台無し】にした演出には、怒りさえ感じました。はっきり言って、興ざめしてシラけてしまいました。
ソードアートオンラインじゃないんだから、ドラゴンクエストの物語には、
そんな設定は必要ありません。
ドラゴンクエストは、堂々と王道を行けばいいのです。観る方もそれを望んでいます。
DVDであの設定を無しにした真バージョンが出たら買ってしまいそうですが、ソレを狙ってるのかなぁ。
レレレ!
最後に何かあるのかな?話題になってると思っていたらば レレレ?そうくるのか 熱量あがって観ている時に映像と同じく固まりました 笑
「マッピング オフ」この声はあのお方だ〜悪役でも情が移る〜 この白い顔したキャラのイメージにメチャクチャあってる〜ってウイルスなのかそうか白蟻風なんだ〜少し戸惑いながら観ているとファミコンが〜うググ懐かしい···旅したよそうだよ!ゲームはあの時代もあらゆる世界へと連れて行ってくれたね···ぐすん
あぁもうさっき固くなった気持ちはすっかりゆるんでしまったよ
ユア ストーリーそう持っていきたかったんだよね うんうん
あれ?でもこれお子様方にはどうなんだろうかな
すんなり終わらない意外な結末がアニメーションをより身近に感じさせてくれました 旋風を巻き起こしたゲームだからこそできることでこの辺で一度 人間とゲームの関係を提示するのもありだよねと好意的に受け止めました
ただこれはゲームの世界にとどまらず若い人達にも現実を生きる勇気を示している気もするなぁとレレレまた好意的に捉えるのでした
賛否両論になるのは仕方ないのでしょうね
もうひと工夫できたのかも知れない
キャラクターの掌が大きく感じたのは理由があるのかな?そんなもん?
ブォーンの話すトーンがツボだったどー ゲレゲレもいい 何度もクスクス笑って楽しんでしまいました おもしろかった
言われているほど悪くない
生粋のドラクエファンです。小学生の頃からやり込んできましたが、最近はなかなかまとまった時間が取れず、ゲームから遠ざかっております。
今回、ドラクエ5が映画化されるとのことで楽しみにしていましたが、レビューがあまりにも低評価のため、見るのを悩んでいました。
しかし、すぎやま先生の音楽が映画館で大音量で聴けるということだけを楽しみに、がっかりすることを覚悟の上で見に行きましたが…
たしかに、話題になっている曰くつきの場面では、あまりのぶった切り感に、画面とともに私の頭もフリーズしましたが、例の「大人になれ」発言も、そこまでネガティブなものには感じませんでした。
だって、勇者は見てる自分自身で、その声にちゃんと打ち勝ってる。
ゲームを真剣に楽しんできた、たくさんの人たちの気持ちをちゃんと代弁してる。
そう思いました。
私は、ゲームが虚構だとしても、それを真剣に楽しんできた自分が大好きですし、自分の人生がドラクエと共にあったことを改めて思い出して、涙が出ました。
確かにドラクエ5の話だと期待していれば、忠実に再現されていない場面も多々ありますし、キャラ設定もイメージと違うと感じる部分も多く、ガッカリする気持ちもわからなくはありません。
ただ、これはユアストーリーですし、ゲームはゲーム、映画は映画として楽しめれば、そこまで悪いものではないのでは?と思いました。
個人的に子供が双子じゃなかったことにがっかりしたので、あえて星マイナス0.5しておきました(笑)
傑作でした!
幼い頃にやったドラクエ5の思い出と重なり、パパスのトラウマシーン、結婚や子供が天空のつるぎを鞘から抜くシーンなど感動するポイントがたくさんありました。かと思いきや笑えるポイントもたくさんありました。また、臨場感のある戦闘シーンなども素晴らしかったです。
ストーリー的にははしょっていたものの映画としては満足です。ラストシーンではウイルスが出てきて「大人になれ」と。これは「ゲームは程々に」というメッセージ性も込められてるのではないかなと感じました!最後にみんなを裏切って現代人への訴えを入れてくるのは流石だなと思いました。
まとめると涙あり笑いあり臨場感ありそしてメッセージ性のあるとても素晴らしい作品でした。ちなみに私はすでに3回も見に行ってしまいました!DVDが出たら絶対買いたいです!
吐き気がして項垂れた
シンプルに、ラストでそれまでの楽しみが、感動が全て消され、終わったら吐き気がして項垂れたまま退出しました。最低のラストでした。
幼い頃から大好きなドラクエ5を汚されました。傷つきました。最低の気持ちです。
言われてる程悪くはない
ドラクエ5のストーリー自体をうろ覚えで観てきましたがほぼ全編退屈することも無く案外に楽しめた。
話のテンポが早く中だるみしなかったのが良かったのかもしれません。
ネットでのネタバレでラストのオチを事前に知っていたこともありあのラストも苦笑程度で済ますことができました。
どんな酷評されてる映画も興味持ったら怖いもの見たさで観てみるものだなと思いました。
オチ抜きにしても悲しかったです。
論外のオチは置いておいて、それ無しにしても、普通に私には無理な作品でした。
それはユアストーリーではなく、「ドラクエ5の映画」だと思って観に行ってしまったからです。
尺の問題でダイジェスト風になったり、様々な部分が削られるのはあらかじめ予測がついていましたし、そこは仕方がないです。
ですが、削られた個所と残しておく箇所が、ドラクエ5のストーリーの「悲壮感」や「家族との絆」の「重さ」を軽くするものでしたので、
これは「ドラクエ5風」の別物の作品です。
しかしストーリーは原作をなぞって少しアレンジされているものです。
明るくコミカルなドラクエ5として受け容れられればいいのでしょうが、その方向性では「ドラクエ5」の意味が無いと思います。
原作のストーリーを自分流に書いてみた素人のWEB小説二次創作だなといった印象でした。
あの主人公の性格では、パパスにもマーサにも拘りもなければ、ビアンカを選ぶ理由(幼少期の関わり・リボンが無い・山奥の村に住み親を看病している等の設定)
も薄く、「ドラクエ5」のストーリーの深みが感じられません。グランバニアもありません。そこでの出産でもありません。サンチョの立ち位置も分かりにくい。
繋がりが薄く、親子三世代にする意味も無いと思います。
石造のオークションやジージョのシーンも違うものに変わり、更に主人公は石造にされていた間の記憶もありませんし。奴隷時代も終始ギャグのように描かれていて、苦労としては受け取れません。
マーサの最期にパパスが迎えに来るといったシーンもありません。
あと、ゲマが下品です。私のイメージですが、ゲマはもっと上品な悪役だと思っています。
ヘンリーの話し方・性格の違いについても気になってしまいます。ラインハットの描写も兵士のみで、あらゆることが省かれましたので、パパスに恩を感じるヘンリーにも
それほど説得力がありません。
幼少期の妖精の国もない上に、「子どもだったから妖精が見える」設定もなく、主人公が妖精の試練?なるものを処理していただけですので、
オーブが壊れてそれを取り戻す過程の描写こそ削った方が良かったかな、と思いました。
BGMの使い方も不満です。5以外のBGMが使われていた事です。
意味を持たせたわけではなく、単に他シリーズの曲を「盛り上げるためだけ」として使われている印象を受けたからです。
個人的には、ドラクエ1~3をモデルにしていたのならコミカルな印象も相まって、非常に楽しめた気がします。
「ドラクエ5」のストーリーを評価している人はショックを受けると思います。
私は映画を見てはじめて落ち込みました。でも製作がこういう方向性なら仕方ないよね…と思いましたが、悲しくて、映画館で泣いてしまいました…。
ドラクエが様々な形で展開していくことは長年のファンの一人として純粋に嬉しく思いますが、絶対に「ドラマ的で壮大なドラクエ5の映画作品」としては観に行ってはなりません。
ユアストーリーの本当の意味
この映画は、観るつもりが全くなく子どもと行ったんですが、あの終わり方は非常に馬鹿にされたと思う。
たしかに、いい歳した酒も飲む大人がゲームやってるなんておかしいって思う人もいる。
でも、ゲームやってる人からは仕事のことだけで生きてて楽しいの?って言わないし、やれよと強制もしない。
だけど、これはそんなゲームが好きで楽しんでる大人も子どもも観るってわかってて、最後の最後にそれをここで聞かされるの?しかも、虚構なんだといちいち技術的に説明されてしまう。
子ども連れて行って観たので、子どもが最後に「大人は、つまらない」と言われて「楽しみというのは人それぞれあって、スポーツやゲームもいいんだよ」とフォローしないといけなかったのは残念。
映画観て中途半端かつ楽しい気持ちにもならない映画も久しぶりだった。
ソフト販売側のスクエニが付いていながら、全てゲームを否定する脚本は、任天堂なら絶対やらないと思う。
タイトルの意味を何も知らないで観に行くと、ドラクエの世界をVに沿って冒険と最後に達成感を感じる演出が見られると期待していく。
しかし、最後の最後で「すべては作り物、ただのデータさ」、「いい加減大人になれよ」と言われて、子どもの頃に親から言われてた古傷をえぐられるような気持ちになった。
サブタイトルのユアストーリーの意味は、過去のゲームに夢中になってたのを注意されたのを思い出して、ユアストーリーと説くものであると思う。
FF光のお父さんとは真逆で、制作サイドにゲーム自体への愛というか想いが全く感じられず、この終わり方は1時間35分くらいと予告編の時間をスポイルするもの。
No more映画泥棒は、今日もキレッキレの動きだったと感想とさせていただきます。
バカにしてるんですか?
あの最後何ですか?
せっかくドラクエの世界に浸っていたのにぶち壊してくれました。
だから何?なぜ今それを?て感じでした。
何が言いたいのか意味がわかりません。
監督さんを恨みます。無能過ぎます。ラストのせいで最悪でした。
やばい、めっちゃ面白かった!
え、なにこの空気。
ごめん、この映画、とても美しかったし、斬新で面白かった。
ますますドラクエ好きになれる要素の方が多いと思うんだけど・・・?
ラストのあれ、気にしちゃった人が多いみたいだね・・・?
イマドキの子って、攻撃力高いけどメンタル防御力おそろしく弱いんだなぁ~・・・。
娯楽映画として楽しむだけのゆとりがないんだろうなぁ。
映像がここまで連作⁉️できるように‼️😀
任天堂の別のゲームのフル3D映画よりは表情やバトル、背景含め安定した映像が見やすく感じて見れました‼️
ストーリーは最後の展開でファンの方々がレビューされている通り、少し偏った作りをされていた感は否めませんが。…(^^;
映画作品として、現在の日本映画の標準がここかもしれないと認識できるものになっていると感じました。
オチにがっかり。
ストーリーの端折り、絵が鳥山明ではないこと等、色々気になる点はありながらも、途中までは楽しく見ていました。最後を除いて…。
誰しもゲームだとは分かっている。
この映画を見に来た人の大半はドラクエ好きな人だと思う。ドラクエが好きで、子供の頃にストーリーをコツコツ進めて、当時の思い出と一緒に楽しみに映画を見に来た人が多いはず。それが分かっていながら、所詮はただのゲーム、大人になれ、なんて、ラストを誰が楽しめるか。
あんなオチにする必要があったのか。映画が終わる前に、一気に現実に戻され、興醒め。
ドラクエ好きな人には悲しい映画
こういう映画はイメージと違うから観に行くつもりなかったけどあまりにも評価がひどいって書いてあったのでどんなもんかと思い観に行きました。
想像を超えた酷さだった…。
昔からドラクエが好きで特にドラクエⅤが好きだったからなんか悲しかった。
途中まではゲームと違っても面白いなって思えるくらいだったけど最後が許せない!ドラクエの世界観に浸ってたのに…
逆にドラクエが好きじゃない人が見れば面白いのかもしれない。でも今回観に行く人ってドラクエ好きの人ばかりだと思うからそういう人に対してのあの終わりはないと思う。
ゲームとか映画って現実の世界と離れた楽しみがあると思うのに現実に引き戻されてどちらの良さも消した感じでした。
ゲームの世界観のまま終わればいい映画だったと思います。最後の記憶がなくなればいい気持ちで帰れるのに(TT)
息子を返してください
ドラクエが大好きな息子と一緒に見に行きました。
アラジンやトイストーリー4の予告で、「この映画楽しみ」と言っていた彼は、ずっとこの映画を楽しみにしていました。
そして当日、朝早くから楽しみで元気に騒いでいた彼と、車の中でドラクエのCDを聞きながらミッドタウン日比谷の映画館に向かいました。
車の中で彼は「エスタークも出ちゃうかな?プチタークは?」などとドラクエ5の話に夢中になりながら瞳を輝かせていました。
映画館では、大好きなスライムナイトのぬいぐるみを抱きしめながら、スクリーンの迫力ある映像に引き込まれているようでした。
しかし、突如として館内が凍り付きました。まさに凍り付いたという表現しか思いつきません。そう、問題のあのシーンです。事前情報を全く知らなかった私たちは言葉を失いました。
スクリーンを出るとき、私たちのみならず、カップルなど他のお客も皆、無言でうつむきながらとぼとぼと出ていきました。
帰りの車にエンジンをかけオーディオからドラクエ5の音楽が流れ出すと、堰を切ったように息子が泣き出しました。
私は彼にかける言葉が見つかりませんでした。
家につくと彼はご飯も食べずお風呂だけ入り寝てしまいました。
妻は息子のそんな異変を見て、
「映画館で・・・ケンカ・・・した?」と聞いてきました。
私はコーヒーを飲み、一息ついてから、事の次第を伝えました。
妻は「好きな野球チームの観戦に行っても、そのチームが負けることもある。好きなJリーグのチームを応援に行っても負けることもある。」
「今回のことも、あの子の成長にとって大切なこと」そう言いました。
しかし、昨日の朝、妻が青ざめた顔で私を起こしに来ました。
「ドラクエのおもちゃが全部捨ててあるの・・・分別して・・・」
慌てて見に行くと、息子が大事にしていたドラクエ関連のグッズが全てごみ袋に入って置かれていました。ドラクエのゲームソフトは不燃ごみの袋に、ぬいぐるみやカード類は可燃ごみの袋に。
「とりあえず、これは全部取っておくから、しばらくそっとしてあげよう」私はそう言い、袋を自分の部屋に持っていきました。
それから、私たちはドラクエの話は触れず、息子も表面上は元気を取り戻したようで、友達と遊んでいました。
これは、言葉の言い回しは少し変えてますが、全て本当の話です。
息子は、この夏、8月23日に東京オペラシティコンサートホールで行われる交響組曲「ドラゴンクエストV」天空の花嫁のオーケストラコンサートをとても、とても楽しみにしていました。
ですが、きっと一緒に行くことはないでしょう。妻から聞いた話では、彼は2度とドラクエなんかやりたくない。大嫌い。そう言っていたそうです。
しかし、もし、このレビューを見た方でコンサートに行かれる方は、オペラシティで、スライムナイトのぬいぐるみを大事そうに抱えた小学生の子供と仕事帰りのサラリーマンが一緒に鑑賞していたら、温かい気持ちで見送ってあげてください。
全1136件中、441~460件目を表示