劇場公開日 2021年7月30日

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「『竜とそばかすの姫』の5000万分の1の群衆が奏でる50億倍鮮やかに現代社会の病巣を炙り出す、灼熱の社会派ラテンミュージカル」イン・ザ・ハイツ よねさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0『竜とそばかすの姫』の5000万分の1の群衆が奏でる50億倍鮮やかに現代社会の病巣を炙り出す、灼熱の社会派ラテンミュージカル

2021年8月1日
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鑑賞方法:映画館

ドミニカ共和国の美しいビーチにある小さなバー、エル・スエニート(小さな夢)。ウスナヴィが子供達にせがまれて語り始めたのは、父から譲り受けた食料品店を従兄弟のソニーと二人で切り盛りするウスナヴィ、ヘアサロンに勤めるネイリストのヴァネッサ、地区屈指の秀才でスタンフォード大学に進学したニーナ、ニーナの父ケヴィンが経営するタクシー会社の従業員ベニー、そして彼らの母親的存在の“おばあちゃん(アブエラ)”ことクラウディア・・・ハドソン川を渡るジョージ・ワシントン橋の東側にあるワシントン・ハイツ地区に暮らすラテン系住民の物語。周囲の住民の期待を一手に背負ったニーナが夏季休暇で帰郷しにわかに賑やかになるハイツ。実はニーナはある決意を抱えて帰ってきたが、なかなか周囲にそれを話すことができない。それはハイツの誰もが今経験していることと無関係ではなく、一見のどかなハイツにも少しずつ変化が訪れていた。

猛烈にエモーショナルなモブシーンで幕を開けるミュージカルですが、物語の核となっているのは今まさに全米の移民達が苛まれている社会問題。収入は上がらないのに地価も物価も高騰し真綿で首を絞められるような状況に追い込まれているのは日本国民とて同じこと。夜が来るのが百万年先のようだという嘆きも聞こえる街で、移民達はお互いに励まし合い団結し、ウスナヴィとヴァネッサ、ベニーとニーナの恋の行方を誰もが優しく見守り、忍耐と信仰を胸に生きている。しかしそんな彼らにもどうしようもない波が大停電というかりそめの姿で一瞬で彼らを飲み込む。143分の長尺を全く感じさせない人間ドラマを彩るのは圧倒的な熱量を放つソウルフルな歌声とダンス、そしてワイドレンジで鳴り響くラテンサウンド。人生の20%をラテン世界で暮らした身にとってはその躍動は郷愁に満ちていて、打楽器の一打が心臓の鼓動とシンクロする。強烈な音圧が一斉に鳴りを潜めると登場人物達の葛藤がグッと浮き彫りになり、耳が痛くなるほどの静寂もまた慟哭のように頭蓋を揺さぶる。そしてアブエラの口癖がハイツを包み込む闇にささやかな光をもたらす。

ピクサーの傑作アニメ『リメンバー・ミー』が切り拓いた道を盛大なアレゴリアが凱旋するかのような圧倒的なミュージカル。さりげない単語や人名、地名に字幕に表現出来ない細かいニュアンスが込められているので少しでもスペイン語の覚えがあればさらに深く物語を堪能出来ます。当然ですが少しでも大きいスクリーン、サウンドシステムで楽しむのが吉。尻尾の先までドラマが詰まっているのでエンドロール途中での退場は厳禁です。個人的にはヴァネッサを演じたメリッサ・バレラの美しさに息を呑んだまま死ぬかと思いました。

よね