ボーダー 二つの世界 : 映画評論・批評
2019年10月1日更新
2019年10月11日よりヒューマントラストシネマ有楽町、ヒューマントラストシネマ渋谷ほかにてロードショー
観る者の想像をはるかに超え、あらゆる“境界線”を破壊する衝撃作
映画とは、観客を驚きに満ちた未知なる世界への旅に連れ出してくれるエンターテインメントだ。私たちはその日の気分でホラー国やファンタジー国やスリラー国行きのチケットを買い、日常から非日常への“ボーダー(境界線)”を超えていく。しかし何らかの理由で「ボーダー 二つの世界」のチケットを買ってしまった人は、到着間もなく胸のざわめきを覚えるはめになるだろう。ああ、私はどこに来てしまったのか。これは、この世の出来事なのだろうか、と。
この北欧2ヵ国の合作映画は、「ぼくのエリ 200歳の少女」の原作「モールス」で名高いスウェーデン人作家ヨン・アイヴィデ・リンドクヴィストの小説を、イラン系デンマーク人のアリ・アッバシ監督が映画化したもの。スウェーデンの森の一軒家で暮らす主人公の女性ティーナは、人間の羞恥心や怒りなどのネガティブな感情を察知できる嗅覚の持ち主で、税関の検査員としてその人間離れした特殊能力を生かしている。それ以前に観客がギョッとさせられるのは、ティーナのフリーキッシュな風貌だ。現代の文明世界に溶け込んで生活している彼女は、その醜い外見ゆえに周囲から異端視され、森の野生動物との戯れに安らぎを感じている。そんな異形の主人公が同じ風貌や匂いを持つ流れ者の男性ヴォーレとめぐり合い、自身の出生のルーツを探りあてていくという物語だ。
本作はまぎれもなく一種のホラーなのだが、ヴァンパイアが血に飢えて牙を剥き、狼人間が満月の夜に変身するといったモンスター映画の既視感ある描写を一切排除し、ジャンルの境界線を曖昧にしている。映画内のリアルとファンタジーの境界線も取り払われ、ティーナのアイデンティティーをめぐる謎だらけのドラマと、児童ポルノという現実社会のおぞましい犯罪捜査が並行して展開していく。そして、この映画はいったいどこへ向かっているのかと観る者の動揺が激しさを増す中盤、ついに決定的な衝撃シーンが炸裂し、この何もかもか奇妙な映像世界は性別や種族の境界線をも飛び越え、もはや正常と異常の境目さえ崩壊したクライマックスへとなだれ込んでいく。
「小さな恋のメロディ」の吸血鬼ヴァージョンとも評された「ぼくのエリ」の甘酸っぱさはここにはない。その代わり、とてつもなく獰猛な野性がみなぎり、一度観たら忘れようのない唯一無二の映画体験をもたらす。ぜひとも、この掛け値なしの問題作を覗き込んでほしい。危険で恐ろしい旅になることは必至だが、行き先が北欧であることは間違いない。なぜなら本作のアイデアは、当地のポピュラーな民間伝承に基づいているのだ。
(高橋諭治)
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