母との約束、250通の手紙 : 映画評論・批評
2020年1月21日更新
2020年1月31日より新宿ピカデリー、シネスイッチ銀座、YEBISU GARDEN CINEMAほかにてロードショー
デリケートに、時には真率に“怪物的な母性”を体現するゲンズブールが素晴らしい
「母との約束 250通の手紙」の原作者ロマン・ガリは言葉の真の意味におけるコスモポリタンな作家だった。ユダヤ系ロシア移民で、ポーランドで幼少期を過ごし、フランス国籍を取得。外交官として世界各地を渡り歩いた。アフリカを舞台にした「自由の大地」はジョン・ヒューストン、カリフォルニアのワッツ暴動を背景とする「白い犬」はサミュエル・フラー、そして、この映画の原作「夜明けの約束」もかつてジュールス・ダッシン監督、メルナ・メルクーリ主演で映画化されている。
ロマン・ガリが映画史と深く交錯するのは「勝手にしやがれ」の伝説的なミューズ、ジーン・セバーグとの結婚によってだが、このリメイク版で、とりわけ興味深いのは、ロマン・ガリ独特の屈折した女性観が“一卵性親子”とも呼ぶべき母親との強固な共依存の関係によって生み出されたのではないかと思わせるからである。
映画は作家として盛名を得た40代のガリ(ピエール・ニネ)による回想形式で綴られる。母親のニナ(シャルロット・ゲンズブール)は、幼少期から「将来、勲章をもらい、外交官になるのよ!」と息子を叱咤激励し、その途方もない夢を実現させるためには詐欺まがいの行為も辞さない。そんな怪物的な母性を体現するシャルロット・ゲンズブールは過度なカリカチュアライズを施すことなく、時にはデリケートに、時には真率にニナを演じていて素晴らしい。ほとんど狂気スレスレの、歪み切った、破壊的ともいえるグロテスクな関係であるかに見えて、ロマン・ガリという作家は、このあらゆる点で常軌を逸したこの母親のかけがえのない創造物にほかならないことが、次第に明らかになってくるのだ。
映画は、後半、第二次大戦で戦地に赴いたガリとニナの書簡による交歓という古典的なメロドラマのスタイルに収束してゆく。ロマン・ガリはこの自伝小説を書き上げることで麗しく母を葬送し、前半生の幕を閉じる。彼の人生の第二章はセバーグとの出会いで始まり、パリで変死したセバーグの後を追うような拳銃自殺で突然、終止符が打たれた。「母との約束」を見ると、ガリは生涯を通じて、母ニナの幻影に囚われていたのではないかと思えるのである。
(高崎俊夫)