「若者の「共感性」を捉えた作品」天気の子 mzgdhkさんの映画レビュー(感想・評価)
若者の「共感性」を捉えた作品
物語の主軸は典型的で分かりやすい「ボーイ・ミーツ・ガール」であるが、ターゲットである若年層に刺さるような「共感性」を作り出すことを徹底した作品であった。その特徴を以下に考察する。
第一に描写。
実在の場所(新宿)を舞台にし、ひしめき合うビル群や複雑に絡み合った線路を走る電車等の風景を精緻に描くことで、若者特有の都会への憧憬を巧妙に掬い上げる。
新海誠監督の前作「君の名は」では、一部のファンが舞台になった場所へ観光をし、写真を撮ってSNSにアップしたことで話題になった。これは「聖地巡礼」と呼ばれ、他の様々なアニメでも同様のことがそのファンによって行われている。このように、ファンはアニメの世界を現実に射影することによって生じるリアリティを求めるものであるが、本作品は独特の繊細で美しい描写によって、そのリアリティを特に際立たせることで、都会に憧れを持つ若者の「共感性」を捉えているのである。
風景描写の他にも、食べ物のメーカー名まで事細かに明示した描写や、カラオケで皆が知るヒットソングを歌うシーンを流す演出、有名俳優を起用した声優陣は、ターゲットの実生活に近づき、「共感性」を生み出す仕掛けになっているといえるだろう。
リアリストの視点からすると、自ら生計を立て、家族を養っているような中高生がカラオケ等に行く余裕はないはずであり、非現実的で「共感性」が作り込まれていないように感じられるが、この映画のターゲットにはそれを疑うだけの批判的思考力はないので整合性は図られている。
第二にストーリー。
主人公は自分の未熟さ故に理解し合えない「大人」や「社会」へ反発し孤独感を深めるが、数少ない理解者の一人であるヒロインに惹かれていく。ヒロインは母を亡くしてから弟を養っており、その為には売春も厭わない。自分と対比した主人公は、ヒロインに見合う男になろうとする。この過程で、未熟さを心の内で認めている本作品のターゲットである若者は、自分と主人公を重ねていくのである。
物語の終盤で、主人公はヒロインが自分よりも年下だったことを知り、より未熟さに対する自責の思いを強める。物語に入り込んだターゲットは、共に奮励しようとする。
その後、主人公の未熟なりの努力は、フィクションを通して肯定され、主人公とヒロインは結ばれることになる。これによってリアルでの努力がなかなか報われることのないターゲットの承認欲求を満たし「共感性」を創っているのである。
余談だが、現実世界では報われないオーディエンスを肯定するシナリオは邦画のヒット作品には多々見受けられ、例えばシンゴジラや踊る大捜査線シリーズは公務員やサラリーマンがスカッとするストーリーになっている。
以上のことから、若者の繊細な心情の機微を捉えた描写とストーリーが「共感性」に優れた作品だったといえるだろう。