「予想を裏切る誠実なストーリー。」イエスタデイ すっかんさんの映画レビュー(感想・評価)
予想を裏切る誠実なストーリー。
○作品全体
物語を眺めていると「こういう展開になるだろう」みたいな予想が勝手に浮かんでくるけど、その通りになってほしいと思うことはあまりなくて、裏切りを期待してることのほうが多い。本作はその裏切りを何度も起こしてくれる作品だった。
一番嬉しかった裏切りは、ジャックがスターになっていく段階で、驕りから一度挫折し、長い時間をかけて再びステージへ駆け上がっていく…みたいな何十回と見たステレオタイプの挫折がなかったところだ。ジャックは自分が歌う曲を借り物であると理解していて、ステージに立つたびに喜びではなく、真実を一人抱えて辛そうな表情でギターを鳴らす。失恋によってさらに孤独を深めたジャックが歌う『ヘルプ!』がその極地だろう。だから挫折や驕りを必要とせず、影を抱えたままの名声よりずっと隣にいてくれたエリーを選ぶことができた。ステレオタイプな孤独ではなく、徐々に訪れる孤独の中で選択するという物語。設定はファンタジーだけど、ジャックというキャラクターには一本気の誠心があったと感じた。
一方で生き続けたジョンレノンを登場させたのはパラレルワールドを最大限に使ったギミックだった。ジャックがエリーを選ぶことを決める「劇薬」のように感じて面白かった。ジャックとエリーの物語は少しずつ近づいたり離れたりを繰り返す繊細な印象があったけど、最初の停電の日といいジョンレノンのシーンといい、プロップポイントでは大胆なギミックを使って予想を裏切ってくれるのが楽しかった。
ラストでジャックとエリーが結ばれるのは予想通りではあるけど、予想通りであって欲しかった気持ちもあるし、裏切って欲しい気持ちもあったのでどう反応して良いか悩んだ。物語中盤、駅でエリーからアーティストの道を選ぶか自分を選ぶか選択を迫られるシーンの、あのものどかしさと切なさがすごくよかったから、ラストにもう一度その甘酸っぱさを味わいたいという気持ちが拭いきれない感覚。
物語への予想の裏切りと誠実なラストのコントラストに、良い意味で感情を振り回された作品だった。
○カメラワークとか
・場面転換でロケーションが変わる時の文字演出が印象的。普通の作品だったら画面下とか右端にテロップを入れて場所を説明するけど、本作は画面いっぱいに舞台と同化したような文字演出が。ダニーボイル監督作でいうと『T2 トレインスポッティング』でプロジェクションマッピングのような背景に映像を重ねる演出があったけど、ワンカットの中の情報量を増やすために動きをつける、動きを重ねてるのかもしれない。
○その他
・ジャックに驕りがなかったと書いたけど、一度強引に驕りを描いたシーンはあった。レコーディング中にエリーから電話があって、早く電話を切るよう急かされジャックが怒るシーン。すぐにジャックは謝罪するけど、そりゃあそこまで急でない要件であんな風に急かされたら誰でも怒るだろうと思うけどなあ。それを「スターになった驕り」として処理するのは描き方が雑だなあと思う。
・ビートルズを忘れなかった人たちがジャックへ優しい声をかけるところは、少し甘すぎやしないか?とも思ったけど、ジャックの歌う姿を見てジャックの心情を察したと思うと納得できた。
あとは上述のラストとかもジャックに甘いオチだなと思ったけど、その甘さがエリーとの焦ったい恋愛の甘酸っぱさを引き立たせている…のかも?