「"100歳まで生きたいと思うのは、99歳だけさ"」運び屋 Naguyさんの映画レビュー(感想・評価)
"100歳まで生きたいと思うのは、99歳だけさ"
奇しくも日本公開日当日に、ザ・デストロイヤーが逝去した(享年88歳)。大昔、プロレスラーとして、力道山やジャイアント馬場と闘った伝説の人である。
そのザ・デストロイヤーと同い年のクリント・イーストウッド監督の新作にして、10年ぶりの主演作である。芸歴65年、88歳!
監督としてもアカデミー作品賞・監督賞を2回、本作の世界興収はすでに100億円を越え、今なお、現役トップランナーである。"巨匠"という形容はこの人のためにある。
10年ぶりの主演といっても、それは"自分が必要とされる役柄"かどうかを、監督として冷静に判断しているからに過ぎない。ロバート・ロレンツ監督の「人生の特等席」(2012)では、その脚本の良さと盟友のために俳優引退を撤回している。
そういう意味で、本作は"巨匠"のために作られた役柄に間違いない。
ニューヨーク・タイムズに掲載された記事「シナロアカルテルの90歳の麻薬運び屋」(The Sinaloa Cartel's 90-Year-Old Drug Mule)を原案としている。
90歳の老人がメキシコ麻薬カルテルの運び屋をやっていたという、実際に起きた事件からインスパイアされたオリジナルである。"Mule"=ラバである。
モデルが90歳の犯罪者ということに加え、「グラン・トリノ」(2009)のニック・シェンクが、巨匠のために書き下ろした脚本という、観る前から保証された"企画の勝利"である。
園芸家として、"デイリリー"(ヘメロカリス=ユリの一種)の育成に生涯を捧げてきた主人公アール・ストーン。仕事一筋で家族を顧みなかったうえに、老いて破産。農園も自宅も差し押さえられてしまう。
そんなアールが声を掛けられたのが、"車の運転さえすればいい"という仕事だった。妻や娘にも絶縁された主人公が家族との関係を修復していく物語。
デイリリーは、その名の通り"一日花"。丹精こめて育てても、花が咲くのは一瞬。その一瞬を、90年の人生と重ね合わせている。
ニック・シェンクの脚本が実に巧みだ。クライマックスで、含蓄のある名セリフが連続する。
"大きな代償を払って、やっと家族が大事だと気づいた"。
"100歳まで生きたいと思うのは、99歳だけさ"。
また個人的な贖罪のウラで、メキシコ移民や黒人などのマイノリティと米国社会、警察との差別環境を描いている。
退役軍人のアールが転がすトラックはアメ車(フォード→リンカーン・マークLT)であり、典型的なアメリカ白人の代表だ。
お金に余裕があると、すぐにコールガールを2名セットで呼び、会話で"バイアグラ(心臓病の薬)"のことを話す、エロじじいである。
アールがパンクした車で困っている黒人家族を助けるとき、"ニグロ(好まれない差別用語)"と発したり、カルテルの手下を連れてポークサンド店で"シロばかりの店にタコス野郎2人"と、何気なく言ってしまう。
アール自身は、いたってニュートラルなのだが、"差別や恥を意識していない"という"白人の潜在的な罪"をセリフに散りばめている。
画質は単なる2K。4K IMAX(撮影は6.5K)の「ハドソン川の奇跡」(2016)のようなシャープで鮮烈な画はない。 イーストウッド監督は、脚本や演技に集中しているからなのか、本作では画質にこだわっていない。ほんとうは製作環境を選べる立場の巨匠には、ぜひ最高クオリティを目指してほしい。ここだけ残念。
最後に余談だが、日本にも負けず劣らず、87歳で毎年ヒット作を送り出している"巨匠"・山田洋次監督がいることを、日本人は忘れてはいけない。年末には「男はつらいよ50」(仮題)が控える。
(2019/3/8/ユナイテッドシネマ豊洲/シネスコ/字幕:松浦美奈)