「大人になり、与える側に」映画 ゆるキャン△ 映画読みさんの映画レビュー(感想・評価)
大人になり、与える側に
ゆるキャン△(主にアニメ版)の続編映画。
原作漫画はまだまだ高校生をしているので、「その後」をオリジナルストーリーとして劇場版でやるという野心的な試み。
【テーマ】
本作のテーマは「(広義の)再生」だと感じた。
高校生時代はある意味「すでに誰かが作った場所に行き、遊ばせてもらっていた」(与えられていた)だけの野クルの面々、そしてその後離れ離れになっていた面々が、再び集まり「次の世代や今まで恩のある人や地域のために、遊ばせる場所を作る・自らがハブとなってそれらをつなぐ」(与える側になる)という、過去と現在の因果を含んで成長を描く物語。人間ってこうやって世代から世代につないでいくんだな的な。また、仕事と趣味を両立しているなでしこによってりんが趣味を取り戻すなど「大人になっても趣味を持って生きていい」というサブテーマ、狭義の再生も見所。
【好悪】
原作版やアニメ版を超えてかなり社会的・人間的なテーマが強いので、それらと同じテイストを期待した人は少し「違う」と感じるかも。それについては後述する。
とはいえ、原作やアニメ版二期ぶんを愛した人なら「この子は、高校生の頃はよくこういうことをしていたので、たぶんこういう大人になっているだろうなぁ」というのがドンピシャで出てくるので、
・趣味を忘れた社会人
・親目線の中年以上
・シリーズの深いファン
にはだらだらと涙を流させる内容だった。
私は本作中盤以降ずっと、大泣きではなくちょろちょろと泣かされていた気がする。
逆に、
・初見の人
・十代~社会人未満の人
・地理関係に疎い人(名古屋、東京、横浜の人が毎週末山梨に集まるのは「意思ある努力」)
には響かない作品だと思った。
また、かなりの状況説明や心情描写を「説明するな描写せよ」で描写しきっているので、漫然と見ている人は没入感が無かったと感じるかも。とはいえ、超解釈や飛躍を必要とするような独りよがりの描写はない。
【解釈】
「あかりちゃんが大学生になっている」ので、あおいとあかりが5歳差であることから、野クルは24~27歳の設定か。社会人2年目ではなく、3~4年目っぽい。しまりんが「出版社の営業部から移動して編集部に」なっていることから、すでに社会人経験2年以上はある感じ。あおいも新人教師の描写ではない。
そして、冒頭のりんは社会人になり忙殺され、「松ぼっくりの声が聞こえなくなっている」。それにショックを受けるどころか、松ぼっくりから声がすることすら忘れていて気づけないりん。さらに、せっかく作ったりんの趣味に寄った企画書(恐らく、物語最後に出てくるアレ)は企画会議に提出せず、マーケティング全開のりんらしからぬ企画書を会議に提出してはボツをくらってしまう。つまりりんは、仕事を頑張っているものの、高校生の頃は誰よりも尖っていた「趣味人としての自分」を失っていた。それを、社会人をしながら溌剌とロードバイクに乗り、冬山温泉登山までする、アウトドア・フィジカルお化けとして磨きをかけたなでしこ(原作時点で「戦士」だが、もはや「バトルマスター」である)が「再生させる」流れ。そもそもゆるキャン△の冒頭は「無趣味」であったなでしこがりんによってキャンプという趣味を授かる物語なので、「りんによって趣味の面白さを教えられたなでしこが、趣味を忘れたりんにりんの本質を思い出させる」という因果・再生の物語が美しい。
サブキャラクターで特に株を上げたのはちあき。
高校・野クルという狭いフィールドでは持て余し気味だった企画力や行動力が、「いろいろあったと推測される」末に、さりげないハイスペック社会人として大きな舞台で結実している。「東京も遊び尽くしたと思った頃に、イベント会社から(山梨県庁へ)転職」ということから、恐らく大学も東京だったのではないか。やがてなんだかんだ受験勉強を頑張り、東京のMARCH以上に入って、企画屋を標榜する渇いた学生たちに沈む千明とか、考えただけでクる。りんを引き込むために使ったタクシー代も決意の自腹だろうし、なんかめちゃくちゃいい女になってるというか。こういう場合、成長を描こうとして結果「別人になってしまう」となりがちなところを、ちゃんと旧ちあきから地続きの総合進化版になっているから凄い。
高校時代の野クルは、ちあきとあおいとえなは徒歩+電車、なでしこは自転車&、りんは50cc原付で、よく先生や家族の車に世話になって移動していた。その子供たちが経済力と機動力を得て(自立して)、自分たちをハブとして各家族をつなぐ展開は、中年以上のファンならじんわりくる。
【劇場版から見えるゆるキャンとは】
「(基本的に女性しか出ず)嫌なことはなく、毎日楽しい」が原作やアニメ版でのテンションであり、きらら系列の王道でもあるが、劇場版ではお腹の痛い社会人のシーンもそこそこ挟まれる。当然、男性の上司や先輩も出てくる(ある意味、お仕事系きらら作品の『NEW GAME!』や『ステラのまほう』よりもリアルである)。つまり、前提としてゆるキャンは本作の世界観であり、原作やアニメ版の自由闊達お気楽ムードは「(田舎の)高校1年生~だったから」という、本作なりの解答が出されていると感じた。その逆順による世界観の種明かしにショックを受ける人もいるだろうが、自分としてはこれぐらいがいい。原作でもみんな地味なバイトをしているし、ちあきはバイト中に「真面目にやってね?」とたしなめられるシーンはあったので、唐突な急変ではない。また、きらら系列の「困ったら百合恋愛に」に向かわず、「大人になっても当然に存続し続ける友情、家族たち」を描いた作品として、作られてよかった映画版だと感じる。
映画としては★4に思うが、丁寧にファン魂を満足させてくれたので★4.5です。
【余談】
アニメ版からそうだが、乗り物は「特定されるように描かれている」ので、車やバイク好きは彼女たちの選んだライフスタイル、生活感がわかってより楽しめるかもしれない。
・なでしこ……スズキ ジムニー 黄 多摩ナンバー
・ちあき……日産 マーチ 赤
・あおい……ホンダ N-ONE 青
・えな……フィアット 500C 白
・しまりん……トライアンフ スラクストン1200R フルパニア+バーエンドミラー。おじいちゃんと同じ車種とミラーで、パニアだけ違うので、譲り受けたと見られる。年齢的におじいちゃんはバイクを降りたのだろう。無理して乗らないでこそ真のバイク乗り。かっこいいし、おじいちゃんの魂はりん=新世代に受け継がれた寓意演出。
・あやの……バイク用品店NAPSの店員
あやのちゃんのNAPSでしまりん搭乗のスラクストンがオイル交換してもらってるのとか、「これが見たかったんだよ」的な最高の同人誌展開でバイク乗りは喜びに狂い悶える。あやのちゃんファンとしては、あやのちゃんが「やっぱり」バイクの道に進んだのが嬉しすぎた。そこはもう★5億です
コメントありがとうございます。
ちあきですが、原作、アニメ版では正直作者も持て余し気味だったと思います(笑)。でも、県庁職員となったちあきを見て、なでしこ家でなでしこファミリーにかしこまってほうとう作る流れを思いだし、過去から今に合致すると感心しました。入ったイベント会社をやめるなど辛い要素がないわけないのに、「変わらぬ明るい千明」であることが「すげー女になったぞこいつ……」と。嘘でない嘘やでーをわかってて騙されたふりするのも「すげー女になったぞこいつ……」と。ハマってしまいましたね。今回の再集結も、冒頭のりんの状態ではちあきの一歩踏み込んだ友達思いの強引さが無いと来なかったと思います。これについては、なでしこでも無理かなと。
レビュー、サブテーマについても少し追記したのでよかったらお読みください。
冷静な筆致で熱いレビュー、読みごたえありました。
年齢解釈は思っていたより上でした。それなりに社会人経験を積んでいたのですね。特に千明の生きざまが解像度高くありありと浮かんできて胸アツです。(ウザキャラだと思っててごめん)
自分もそこで生きているキャラが好きなのだと気づき、とても共感できました。ありがとうございます。