この世界の(さらにいくつもの)片隅にのレビュー・感想・評価
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前作では語られなかった、遊郭の片隅に生きたリンさんの物語
キネカ大森の初日、舞台挨拶上映に行って来ました。 前作では詳しく語られる事がなかった、遊郭に生きたリンさんの生き様が追加されています。 原作を読んでいたので… なんとなく物足りなさを感じていた映画が、これで完全に完成したと思いました!
こころに響く、あたらしい作品。そして補完しあう二つの作品に。
「さらにいくつもの片隅」へのまなざしにより物語はより多角的になり、前作で語られなかった部分が浮かび上がっています。すずさんとリンさんだけでなく、径子さん、円太郎さん、小林夫妻、水原さん、テルちゃん... 前作において語られなかった部分が本作で語られたことにより、逆に今作でも語られなかった部分もまた、存在しなかったのではなく、確かに存在していたことが伺えます。その意味で前作を上書きするようなものではなく、補完しあうふたつの作品になっていると思います。もちろん今作から見ても、こころにずしんと、そしてたおやかに響く作品になっています。是非劇場でご覧ください!
観た人の心の中で完成する作品
★が5.0では足りない。10も20も与えたい。 2016『この世界の片隅に』に38分を足して「新作」となった本作。 単なるボーナスカットではなく、「周りの人々のいくつもの片隅」が描かれ、それが効果的に「すずさん」を彩り、様々な感情や女性としての内面まで引き出して、すずせんの身近な人間らしさをより感じさせてくれました。 また、入市被曝した人々、友人のリンさんを空襲で亡くしたなどのエピソード、背後の雑踏の言葉も増してより時代が加わって、「時代」「戦争の悲惨さ」もより強く感じさせてくれました。 音響効果がバージョンアップし、爆撃の迫力も増しました。 新旧二作とも、芯となる「どんな時代においても、懸命に生きていた人々はいた」ことを伝えているという部分は、変わらなかったと思います。 どこかの新聞評にあった「反戦のために作られた」映画ではなく、この中から「反戦の気持ちが湧くことがある」のだと思います。 観た人の様々な心の引き出しにある感情を刺激し、観た人の中で完成する作品でした。
名作
泣いてしまいました。 2016年版もすばらしいですが、こちらの方がより切なく、泣けてしまいます。 要素が増えていても、散らかることなく、ストンと入ってきましたので涙が出ました。 この時代を生きた先人たちに、頭の下がる思いです。
とてつもない
前作というか3年前の本編は、良かったけれど同じ年の「聲の形」の方が私には刺さりました。 しかし今作は違った。今まで古今東西さまざまの作品で「完全版」「ディレクターズカット」「特別版」など出されましたが(ブレードランナーが走りだったような)、出来不出来や好き嫌い、期待や失望は別として「本編を超える衝撃」を受けたものはありません。初めて世に出る「封切」にはそれだけの意味や重みがあるとずっと感じてきました。 しかしこれは違ったのです、初めて。 あの完成度の高い端正な作品を、より深く広く優しく哀しく甘く苦く豊かに押し拡げて観せていただき、陳腐ですが感謝しかありません。 前日に観た、40年以上をリアルタイムで付き合ってきたサーガの最終譚が銀河の彼方に吹き飛んでしまうほど、あらゆる人に勧めたいと思えるマスターピースです。
追加版であり完全版
前作は公開時の話題っぷりは知っていましたが観る機会が無く
今作の公開に合わせ取り急ぎアマプラで視聴しました
前作はCF実施などの公開までの経緯からは信じられないほどの
日本のアニメーション技術が結集したかのようなクオリティと
内容に心打たれましたが確かに展開的に理解しきれなかった
部分がありました
今作はそういった部分が充分補完され、白木りんのエピソードが
追加されたことですずの周辺で起こったことを
より知ることが出来たと思います
おばさんの家でスイカの皮をかじっていた浮浪児
結納の時周作が料理に口を付けなかった意味
色んな事がつながってきます
すずの抱えていた葛藤がより深まって
玉音放送の時にはじけるシーンで慟哭する姿の
悲しさもいやおうに増しています
テンポが悪くなったと言う声も聞かれますが
それは尺の都合を重視した前作で実現していた事なのだから
今作に関してそこを指摘するのはお門違いでしょう
確かに気になる部分もあります
りんが周作と花見で挨拶するシーン
そっけない挨拶でしたがそれまでの経緯からすると
そんなふうに流せるものかと観る側は思ってしまう筈
そのように周作があえて振る舞ったとも取れてしまいますが
話しを掘り下げるための追加で解釈分岐が増えてしまうのは
ちょっとと思いました
丁度スターウォーズと同時公開ですが
スターウォーズは「死を越えた精神や絆」がテーマですが
片隅は「死を越えた生そのもの」だと思います
これは戦争映画じゃなく戦時中の映画と言うだけで
降りかかる困難に自分達なりのやり方で生きていこうとする
人々の姿そのものが心を打つのだと思います
生きている意味、理由なんて
生きていなければわかるわけがありません
大東亜戦争は間違っていたと今ならしれっと言えますが
その時の日本人が青春も投げ打って国民一丸で戦った事実は
変わりません
この個人主義の時代に生きている人間にとっては尊敬しか
ありません
日本はその団結力によって大国に悪魔の兵器をも
使わせてしまう力を持った国
だからこそ戦争という行為への意見はもっと外国の受け売り
などでなく日本なりの戦争を繰り返さない発信を
もっと出来ると思います
それはこうした映画からでも十分出来ると
改めて思いました
これだ短いスパンで完全版を公開するというのも
前例が無く前作を観た人も未見の人も迷うところでは
ありますがいざ映画館へ足を運べば様々な思いで
今作を受け止めることは出来ると思います
公開劇場も少ないですが大スクリーンだとやはり
違うものがあると思いますし是非と思います
色褪せることのない〝奇跡のような映画〟
前作にくらべてヒューマンドラマの要素がより濃く描かれていました。 そして、今回は爆弾を落とす側の視点も含めて、空襲のリアルな描写が容赦なく迫ってきます。遥か上空から田畑らしきものは判別できますが、人がそこに生活していることまではパイロットには見えないのです。 なるべく早く戦争を勝利で終わらせようという立場で戦略を立てる人たちにとっては、たぶん、相手国にダメージを与えることで戦争継続の意思を奪うことは大きな目的のひとつだと思うのですが、実際に爆弾を落とすパイロットにしてみれば、自分の操縦する爆撃機が搭載している爆弾をミスなく落とし切ることが仕事の目的になります。人によってはその行為に何らかの葛藤が生じるはずですが、訓練によって躊躇わずに爆弾を投下できる空軍兵士(パイロット)が多く選抜されているのでしょう。 彼らの心の中には、爆弾を投下する先にあるすずやリンやテルが生活している空間への想像力が存在してはならないし、戦争に参加していることがもたらすある種の昂揚感は、元来屈託のない素朴な青年であった若者たちを簡単に大量殺人者に仕立ててしまいます。 その結果、リンや晴海の人生は、パソコンのバックスペースキーでそれまで入力していた文字を消していくように、無かったことにされてしまうのです。 すずさんのただ受け身なだけではない芯の強さや葛藤や揺らぎ。そして、リンさんやテルさんのあまりに儚過ぎる人生。すずにとっては気持ちが通じ合う確かに存在していたはずの彼女らの人生は、すずさんの心の中に居場所を求めるしかないのです。 前作は映画自体は多くを語らず、観た人それぞれが想像力を駆使して、何が自分の心を震わせたのかについて自ら語りたくなるという稀有な作品でした。 本作は、すずさんやリンや径子の人生、そして戦争(空襲)のリアルをかなり具体的に語ることで、鑑賞者はかなり具体的なメッセージを受け取ります。 受け取ったそのメッセージをどう次世代に伝えていくのか。我々自身が宿題を課せられることになりました。
原作への忠実さが増した本作品。 充実した時間でした。
3年間待ちわびた、本作品を遂に鑑賞する事が出来ました。 前作は、映画館でも数回観た後、ブルーレイも購入し何回も見直していたので 本作で、どの辺りが追加されたのかを確認しながら観ることが出来ました。 哲さんとの鉛筆のやり取りや等、前作では少し不自然だった所も補完され納得のいく内容になっていました。 特に、リンさんとのやり取りについては、原作に近い内容となりより本作品の意味合いが伝わる内容となり非常に良かったです。 是非、沢山の人に観てもらいたい作品です。
レビューを読んだだけでは、どっちを見たのか分らない「この世界の片隅に」&「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」問題
もう、何から書こう。色んな事が頭ん中でぐるぐるしてて。感想文を書きだしたら止まらない気がしてしまうけど。
広島市のお隣の市に住んでます。散歩には遠すぎるけど遠足には近すぎる距離に、宮島汽船の乗り場があります。古江も草津も通勤のJRが通る場所。行きつけの109シネマは草津だし。更に言うと、生まれ育ちは長崎市内。原爆の爆風で鐘楼を吹き飛ばされた浦上天主堂の、朝晩の鐘の音を聞きながら育ち、熱線に焼かれたマリア像の意味も知らず、その上に乗っかって遊んでました。感じたことも言いたいことも山ほどあるけれど、あっち系の話は完全に封印するとして。こっち系の事を少しだけ感想文にします。
戦時であれ。平時であれ。
痛みや悲しさや、心地よさや喜びは、その時々だと知りながらも。
縁を持ち繋がった人と、居を共にし、心を通わせ、愛を育み生きて行くこと。
それが、世界中の、どんな場所でも、人が生きて行く至るトコロで起きることだと。
世界中の全ての、至る所が、そんな場所であるべきだと。そうでなければならないと。
ただ、それだけの物語でしかない訳で。
”In this corner of the world” と訳されるタイトルは、”Here there and everywhere” なんだよなぁ。なんて前から思ってます。
"居場所なんて、そうそう無いなりゃせん"
リンさんの言葉はホントなんだろうか。少なくとも、あの場面に居た二人の女性の居場所は、そうそう無くなりゃせんとは思うけどね。居場所の無い人間はいると思うけど、そうしてしまっているのは、その人自身だって思う。
コトリンゴさんの歌で幕を開けた時点で、ジンワリと涙が滲むのには参るけど。エンドロールのエピローグの紙芝居では、広島から付いてきた女の子(なんで三つも名前があるんですかw)が、家族として成長していった様子や、リンさんが座敷童を経て娼館に流れ着くまでの物語の紙芝居が見れます。最後の最後まで涙を絞り取りに来るんかいw
白木リンとの繋がり、周作との関係。終戦前後の北條家の描写を中心にストーリーを書き足し、ちょっとだけ「大人の恋感」が出たりしてるだけ。「丸っ切りの新作感」は、はっきり言うと「ゼロ」。スピンオフでも続編でも無く、ただその内容と解釈の「深化」を図っただけだと思います。俺なんか、同じ映画を何回も見るのが当たり前なんで、「全然OK」なんですが、人によっては苦言も出るだろうと言う作品でした。が。
良かった。とっても。やっぱり。
でさ、もう止めようね、これw
頼むから、これっきりにして欲しい。
こんなの、二つも三つも要らないですからね!
類似品、出すんじゃねーぞw
のんとコトリンゴ最高!!
前作にリンとのエピソードを加えた完全版でした。前作とまったくちがう新作といえるできでした。笑えるところ…泣けるところがあり、脚本のすごさに引き込まれます。最高の一言!
能年玲奈が上手くなってる!
前作では素人が台本読んでるだけという感じで映画を見ていても北条すずとしての声ではなく、下手糞な若手女優のんの声として聞こえてしまう箇所が多かった。 今回は本当にナチュラルに北条すずになりきった芝居をみることができ、とても良かったです。 構成と脚本は言わずもがな。大筋の流れはわかっていてもまったく新しい映画としてみることができました。 エンドロールの後にはリンの人生を振り返るおまけアニメーションがあります。
「神は細部に宿る」、この格言通りの作品だ。一見さりげない顔を見せな...
「神は細部に宿る」、この格言通りの作品だ。一見さりげない顔を見せながら、その表現力、テンポ。通常の劇映画にはできない技で、大胆かつ繊細に、そして奥深く、観る人の深層を打つ。もし前作が無く、「さらにいくつもの」が初見であっても、だれもが驚くほどの傑作と称賛するだろう。アニメ、劇映画を問わず、この作品の力量、普遍性は日本映画界の大きな成果だ。
完全版、なんだけど…
大好きな作品なので、あまり評価は下げたくないのですが… すずさんの内面的な部分が補完され、恐らく描きたかったものが描ききられているんだと思います。追加された内容だってファン的には大満足だった。 しかし、映画の構成から考えると、主題から微妙にズレたところで間延びしてしまった感が否めない。 そもそも前作の時点で、過不足なく、必要な要素は全て描写されていたのです。緩急含めて、非常に濃密な内容の連続で、事あるごとに心が揺さぶられる感覚に驚いたものでした。 原作からずいぶん端折られた部分もありましたが、逆に想像の余地を残していたり、映画をみた後でも「あれはそういう意味だったんだ!」という発見があり、感動しました。 そういう意味では、今回の描写は、1つの答えを与えてしまうものです。それを、同じ映画の中でやる必要はあったのか?少しテーマを変えて、リンさんスピンオフで良かったのでは?と正直思ってしまいました。 重ねて言いますが、追加部分、決して悪くないです。相変わらず表現のセンスも素晴らしい。だけど、新たな衝撃を与える内容ではなく、元々本編でそれっぽく仄めかされていた内容なので、わざわざ全体のテンポを悪くしてまで挟む必要がなかったのが非常に惜しいです。
選ばなかった人生は、醒めた夢
すずさんが、呉の嫁ぎ先で「馴染めない」と感じて、実家のある広島に「帰りたい」と思う場面。
居心地が悪かったのは北條家ではなく、ますます厳しくなっていく戦時体制にではなかったか。帰りたかったのは、実家ではなく戦争がなかった時代にではないか。
意識下では「こんな世の中は嫌だ」と心が叫んでいるのに、周囲が当然のように戦争を受け入れているから、それが望郷の念に形を変えて出てきたのではないだろうか。
と、そんなことを思った。
周作のたくましさ
前作は何故こんなシーンがせかせかと進むのかと思った。 後で時間の制約が厳しかったことを知る。 本作はそんな印象はなく、ゆっくりとストーリーを追うことが出来る。 そういう意味で完全版だろう。 前作と比べて存在感を増しているのは白木リンだ。 前作ではなぜ登場したのか分かりづらかったが白木リンの存在が このタイトルのテーマに繋がっている。 そして周作、周作の姉と主人公のすずがこの物語の中心となっている。 頼りなさげに見える周作もじっくりと描かれた本作を見ると こんなにたくましい人なんだと仕草一つ一つに思わせる。 白木リンとは対局にいる水原への対応、 白木リンに引きづられたすずへの対応にそれが伺える。 泣かずにいようと思ったが広島の遺児が周作の姉を 慰める存在になっていくシーンではやはり泣いてしまった。 前作で初めて知って初回での感動に及ばなかいが、 あらためて見る価値のある完全版だ。
先の通常版ではカットした原作部分を追加した長尺版で、良い作品だと思うけど・・・
先の通常版ではカットした原作部分を追加した長尺版で、良い作品だと思うけど、個人的には通常版のほうが好きだ。 今作の印象として、 通常版に比べて少しエロい 通常版に比べて少しグロい 通常版に比べてテンポが悪い と思う。 あと、スペアとしての嫁の立場は原作どおりだけど、このあたりの描写はそもそも無くてもいいんじゃないかと個人的には思う。 そのほかにも、上映時間に限りがある中で追加する必要があったのかなあと個人的に思うところがいくつかある。 原作にそった長尺版だけど、すこし冗長な作品になってしまった印象。 原作を再構築して話を短めにまとめた方が良かったのではないかと、個人的な感想。 ちなみに、けっして悪い作品ではないですよ。
完全版と呼ぶに相応しい。
…と言っても、「完全版」ってこれまで公開後にDVDを売るために作られた売り文句の場合が多かったが、これは違う。 前作の反響の多きさ・評価の高さ・興行的な成功はもちろん、クラウドファンディングなどで熱烈に支持されたその声に応えるため、前作で劇場公開のためにやむなくカットされた原作のエビソードが加わった、本当の完全版。 ここ数年で最も好きな映画の中の1本が前作「この世界の片隅に」。 劇場に何度も足を運び、DVDも購入。 そして3年の月日を経て、またあの作品が帰って来た。 それも、前作に散りばめられていた原作のピースが、シームレスに作品と繋がり、より大きくさらに厚みのある物語になって。 なんとなく言葉足らずだったり消化不良な感じのあったシーンも、ちゃんと補完されているし、すずさんの感情の動きもきめ細かく描かれている。 そして玉音放送の後の慟哭。 何回観ても私はここで感情が抑えられないのだが、今回は言葉もすずさんの気持ちがより捉えやすいように少しだけ改編されていて、今回も涙が溢れてしまった。 「生」も「死」も、決して劇的なモノではなく、日常の延長線上にある。 普通であること、その日常の大切さをすずさんの存在を通して教えてくれる。 人は独りではない。 どこかに必ず居場所があり、誰かと必ず繋がっている。 前作に比べてより分かりやすくなったことで、いわば「隙間が埋まった」「遊びがなくなった」様な気もするが、作品のメッセージが強く伝わる分、物語の基本線は同じなのに自分の中に新たな心の動きがあることに気づく。 そのくらい完成度は高い。 「昭和」の物語を「平成」から「令和」へと跨ぐ様に繋いだという意味でも、この作品の意義は大きく、その先の世代まで傑作として後世に語り継がれるのは間違いない。
こんなにも受ける印象が変わるのか
前作「この世界の片隅に」は大好きな作品なので複数回見ています。前作に思い入れが強い分、余計なものが足されてぼんやりしたイメージになったらどうしよう?と観る前は少し不安でした。観てびっくり、凄い。前と比較とかするような作品じゃないです。これはまた別の物語になってます。すずさんはすずさんなのだけど、隠していた心の内をもう少し見せてもらった感じ。途中悲しくてやりきれない気持ちにもなりますが、それ以上に心が温かく、優しい気持ちになります。
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