マチネの終わりに : インタビュー
福山雅治が嗅ぎ取った新しい“何か” 「新境地開拓」を続ける先に見据えるもの
アーティストとして常に第一線を走り続ける福山雅治の映画俳優としての主演最新作が、「マチネの終わりに」だ。作品を重ねるたびに、これまでに見せたことのない姿をファンに届けてきた福山が、芥川賞作家・平野啓一郎の代表作である同名小説をどのように捉え、映画としてどう表現しようとしたのか話を聞いた。(取材・文/編集部、写真/間庭裕基)
福山が息吹を注いだのは、世界的なクラシックギタリストの蒔野聡史。天才の名を欲しいままにしながら、現状の演奏に満足できず自らの音楽を見失い苦悩する。そんな時、パリの通信社に勤務するジャーナリストの小峰洋子(石田ゆり子)と出会う。惹かれ合う2人は心を通わせていくが、それぞれを取り巻く様々な現実を前に思いはすれ違っていく。運命に翻弄されながら、6年間でたった3度しか会わなかった男女の心の移ろいを東京、パリ、ニューヨークの彩り豊かな街並みを舞台に描いている。
現代の映画界で、純文学作品を原作とする企画には、どうしてもリスクが伴う。それは、観客の多くが人気漫画原作の実写化作品に目を奪われがちで、それを証明するかのごとく、電車内でハードカバーの書籍を読む人を探す方が困難に思える。だが、平野氏が2015~16年に発表した「マチネの終わりに」は、40代を迎える男女のかけがえのない恋愛の行方を胸に迫る筆致で綴り、多くの読者の心を鷲づかみにした。
福山も、原作を読み込み「文章、文体の美しさに心惹かれました。そして、その美しさだけでなく、言わんとしていることが腑に落ちる表現と暗喩だったことに、感動しながら読ませていただきました。平野さんが描かれたこの純文学を、エンタテインメント性のある映画として成立させる挑戦がすごく楽しかったです」と心境を明かす。
冒頭で触れているように、今作でも福山は「新境地開拓」を続けている。昨年11月の米ニューヨーク、クランクアップ直後に自らの役どころについて「自己肯定をあまりせず、自己否定を繰り返すタイプの表現者。そんな彼の心の中では、常に自身の表現に対しての理想と失望とがせめぎ合っているのではないかと。撮影中は、その葛藤をどう演じるかをテーマとして蒔野を構築していった」と話しているが、これほどまでに脆く繊細な役どころに扮する福山を見たことがない。
「蒔野という役を演じ切るという目標もありながら、この小説を映像化するという挑戦をしてみたいと思ったんです」と福山は話すが、そこにはこれまでに関わってきた作品にはない新しい“何か”を嗅ぎ取ったからに他ならない。
「『ラヴソング』というドラマで売れないミュージシャンの役をやったことはありますが、音楽で生きている人間が、音楽で生きている人間を演じるということも新しかった。なおかつ、物語の軸はラブストーリーですが、SNSが発達した現代の情報社会において、世界の分断や対立が個人とは無関係ではないというメッセージを表現することも、僕がこの年代になったからこそオファーをいただけたのかな、出逢えたのかなとも感じています」。
「この年齢」と口にしたように、驚くべきことだが福山は現在50歳。これほどまでにジャンルを問わず八面六臂の活躍を継続してきたアーティストは、他に例を見ない。映画にもコンスタントに出演しており、来年には岩井俊二監督の最新作「ラストレター」の公開が控えている。50歳という節目の年に、改めて聞いてみた。アーティスト・福山雅治は、これからどこへ向かおうとしているのか。
「行き当たりばったりではあるんですよ、いつも(笑)。この『マチネの終わりに』という作品が持つテーマとも共通していることではあるのですが、人生は思い描いたようには進まない。誰もがそうだと思うんですが、『こうだったらいいなあ』というある程度の理想は持ちながらも、そうは上手くいくわけないよなあ……と(笑)。いずれにしても、心身ともに元気じゃないといけないことは確か。『まだまだ50代は若いから大丈夫だよ』と言われることもありますが、そうは言ってもコンディションの管理は大事です。70代までやりたいですから。80代になっても活動し続けたいですが、ちょっと想像がつかない(笑)。先日、ドラマで市村正親さんとご一緒させて頂いたのですが、ものすごくお元気!大先輩の活躍を間近で見させて頂いて、僕も70代でも溌剌としていたいと思いました。良い健康状態で、いろんな役を演じていたいですね」。
いつ取材しても感じることだが、軽妙洒脱な語り口は取材者の肩の強張りをほぐし、サービストークも惜しまない。筆者は2013年夏、主演作「真夏の方程式」のプロモーションで福山に密着取材を敢行し、香港や台湾などアジア全域で幅広い層から熱烈な歓迎を受けていたことを目の当たりにしているが、スターとしての華やかさとともに、どこにいても変わらぬ気さくな態度で瞬く間に現地の取材陣をも虜にしてしまったことは記憶に新しい。「出合う作品、出合うプロジェクトは全てご縁。だからこそ、振り返った時に『あれは良い出会いだったな』と思えるように、いつも最善を尽くした仕事をしていたいと思うんですよね」と朗らかな笑みを浮かべながら語る様子から、10年後、20年後も変わらずに邁進を続けているであろう福山の姿を垣間見た。