「荒れた海から必ずやり直せる」凪待ち 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
荒れた海から必ずやり直せる
年に2~3本の多作家となり、時々作品にムラが出るようになった白石和彌監督。
でも、劇中のギャンブルさながら当たる時は当たる。こちらは当たりの方。
非常に心揺さぶられた!
稼いだ金は競輪へと消える極度のギャンブル依存症の郁男。
足を洗う事を決め、恋人の亜弓とその娘・美波と共に、亜弓の故郷・石巻へ。石巻で暮らす亜弓の父・勝美は漁師をしているが、末期のガンであり…。
勝美の世話してくれている親切な小野寺の紹介で、印刷所で働く事になったのだが…。
印刷所の同僚に誘われ、再びギャンブル。
そんな時、遊びに行った美波が夜遅くになっても帰って来ない。
一緒に捜すが、ヒステリック状態の亜弓と口論に。ギャンブルの事にも触れられ、ついカッとなり、「車を降りろ!」。
無事美波は見つけるが、しかしその直後、亜弓が殺されて発見され…。
白石監督と言えば、サスペンスやバイオレンスの名手。
が、それを期待すると本作は少々肩透かしを食らうだろう。
怪しい人物は何人か浮上するが、犯人は何となく察しが付く。犯人捜しのミステリーや動機も全く語られない。(ある程度予想は出来るが)
本作はサスペンスというより、悲しみ苦しみの骨太なヒューマン・ドラマ。
突然の大切な人の死。
自分のせいだと責める美波。自分が母親と喧嘩し、心配させてやろうと連絡しなかったから…。
勝美も重い口は開かないが、思っているに違いない。自分のガンのせいで娘が帰って来たから…。
でも誰よりも罪の意識を背負っているのは、郁男。
自分があの時、あんな事を言わなければ…。
最も許し難いのは犯人だが、自分にも責任がある。
その事で美波に激しく責められる。
警察からは犯人と疑われる。
職場でも怪訝の目。さらには職場で金が消え、それをギャンブルに使っているとまで…。
この新天地で人生をやり直そうと決めたのに、全てが悪い方向へ…。
さらに悪くしているのは、郁男がこの期に及んでもギャンブルから抜け出せないでいる事。
もはや悲しみから逃れる為…ってもんじゃない。
亜弓のヘソクリを見つけ、賭博場を仕切ってる地元ヤクザから借金をし、強いては絶対にギャンブルなどに使ってはいけない大事な金まで…。
ここまで来ると、異常な病気。
ギャンブルを一切やらない自分には到底理解出来ない。何故こんなにも底無し沼に堕ちていく…?
それは依存症の恐ろしさが分かってない単なる楽観的で傍観者的な考えなのかもしれない。
よくTVなどで依存症の恐ろしさを聞くが、依存症になってしまったら、もう自分一人の力ではどうする事も出来ないのだ。
郁男は何度もギャンブルを断ち切る機会があった。
しかしその度に…。
ギャンブルで失ったものをギャンブルで取り戻そうとする。
それって、借金を借金で返そうとするのと同じ生き地獄。
郁男は自分自身がろくでなしのクズでバカで、どんなに罵られても仕方ない人間である事を充分分かっている。
大抵なら中盤辺りで本当に自分自身を見つめ直し、更正しようとするのだが、郁男は…。
こんな自分などのたれ死ぬべき。
一緒に居たら必ず不幸にする。
去る…いや、逃げ出す。
何もかも捨て去ろうとする。
再出発のチャンスを何度も自らの愚かな行いのせいで棒に振ってきた郁男。
しかし最後の最後、本当に人生をやり直せる救いの手が差し伸べられる。
それはあの人ではなく、“身内”であってやはり良かった。
その救いと郁男の嗚咽に、もう二度と自分自身と“身内”を裏切る事はしないと信じたい。
香取慎吾と言えば今でも少年のような明るさと人懐っこさの代名詞的な人物。
そのイメージを覆す、ダークでシリアスな熱演!
ギャンブルから抜け出せない闇、悲しみ苦しみ、暴力的な一面もあり、自暴自棄になって酔っ払って祭りで大暴れ…。
新境地開拓!…というより、元々これほどの実力あったのだ。間違いなく、キャリアベスト!
西田尚美、音尾琢真、リリー・フランキーら実力派が各々喜怒哀楽を体現。
その他脇にも悲哀を抱えた印象残る登場人物が。特に、郁男のギャンブル仲間のナベさん。
キャストで特筆すべきは、この二人。
まず、美波役の恒松祐里。郁男とは良好な関係だが、実の親子ではない。よって母の死後、一緒に暮らせない。祖父もガンを患っている。DVの実の父の元に戻るしかない…。唯一の安らぎは、幼馴染みの青年との他愛ない交流…。郁男も郁男で抱えているものあるが、美波も然り。
そして、勝美役の吉澤健。香取も素晴らしかったが、このベテランこそ本作のMVP!
口数少なく、頑固で、画に描いたようは堅物。
でも決して根っからの気難しいじいさんって訳じゃなく、不器用な優しさを見せる。
普通ならギャンブル狂いの娘の恋人なんて、別れろ!出ていけ!…と言う。
が、勝美は郁男に対し罵るような事は言わない。何故か…? 実は自分もかつて、郁男と同じだったから…。
ろくでなしのクズだったが、女房と出会って、やっとまともな人間になれた。
人は必ず再起出来る。郁男を信じ、決して見捨てず、自分の船を売って作った金を渡してまで。
あるシーンの「オイのせがれだ」。
またあるシーンの「償ってくれ」。
とにかくこの人に何度感動させられた事か!
さらには地元ヤクザの親分の恩人で、一人で出向いて郁男の窮地を救う。
しびれる漢っぷりまで!
本作で毎日映画コンクール助演男優賞を受賞。2019年度の国内助演男優賞は『愛がなんだ』『さよならくちびる』などの成田凌推しだったが、ちょっと考え直したいほど。
サスペンスやバイオレンスとは違う、白石監督の重厚なドラマ演出も素晴らしい。
『孤狼の血』『凶悪』『彼女がその名を知らない鳥たち』『止められるか、俺たちを』と並んで、また一つお気に入りの白石作品が。
次は『ひとよ』に期待!
勝美の台詞で、「津波が新しい海を作る」というのがあった。
本作の舞台は津波被害が酷かった石巻。
津波で全てを失った方々は大勢おり、この台詞は引っ掛かり、受け止め方も人それぞれだろう。
が、荒波の後に海は再び穏やかになるというのは聞いた事がある。
津波被害とは切り離して受け止めたい。
タイトルの意味は、風が止み、波が無くなり、海が再び穏やかになる事。
荒波のようだった郁男のこれまでの人生。
過ぎ去り、今度こそ新たな人生に確かな船を出してーーー。