ボヘミアン・ラプソディのレビュー・感想・評価
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たまむすびと瀧のこと
もちろん素晴らしい映画だったけど、全然映画の主題とは違うところで泣いてしまった。
私はTBSラジオ「たまむすび」のリスナーで、この番組では何度となくこの映画を話題にしていた。
フレディの「エーーーオ!」のコールアンドレスポンスをたまちゃんが真似してライブでやって、それを各曜日のパーソナリティにネタにされたり。
パーティーの後の白い粉が出てくるシーンでは、否応無くピエール瀧のことを思い出した。
そんな感じで、なんとなくたまむすびのことを考えてたとこで「レディオ・ガガ」が流れてきた。
「ひとり座って君の灯りを見てる/10代の夜を過ごす唯一の友達で/知りたい事はすべて/ラジオで聞いていた」
っていうのはまさに私の10代そのもので、その中でも一番の「友達」が「電気グルーヴのオールナイトニッポン」だった。
「ラジオ、まだ誰かが君を愛してる」
っていうのは今の日本のラジオのことでもあるし、私にとってはピエール瀧のことでもある。
この歌詞で、涙が止まらなくなった。
あやまちを犯してどん底まで落ちてもライブエイドのステージに戻ってきたフレディみたいに、またライブやラジオで瀧の声が聴けるのをずっと待っていたい。
ボヘミアン・ラプソディと関係ない話でごめんなさい。
これが私にとってのこの映画の感想です。
あとあの、パーティのあとに片付けしてて出会って彼氏になる人(名前忘れた)の振る舞いがかっこよすぎた。
私も有名だったりすごい人に対してもあんなふうに「人対人」として対峙できるような人間になりたい。
何をしたかではなく、どう生きたか。本当のファンは観ないほうがいいかも
この手の映画は、題材(ここではフレディの生涯)とバジェット、作品の長さの決まっている壮大な大喜利ではないでしょうか。
そして、その評価は興行収入。そういった意味では大成功を収めた映画と言っていいと思います。
最初にトレーラを見たときはクイーンのドキュメンタリー??って思ってしまいました。本編でのライブエイドの映像はかなりの完成度でした。
登場人物が実在の有名人が多いので俳優たちもかなり本人に寄せてる必要があったと思いますが、クイーンのそこそこのファンである私には十分でした。特にブライアン・メイは“寡黙なインテリのギター職人”のイメージぴったりでした。
肝心のテーマは、ひとは何をしたかより、どう生きるかが重要なのだというところにあると思います。
フレディ・マーキュリーはもちろん凄いことを成し遂げたわけですが、この作品の中ではスターである前に1人の人間として描かれています。
情熱的で天才肌のフレディがその情熱がゆえに次第に孤立していき、孤独と挫折を味わう。そしてそこからどう立ち上がるのか、という映画としてはありがちなストーリー。しかし、実際に体験した人たちから聞き取った内容が盛り込まれているので説得力があり、レミ・マレックの好演もあって、フレディの生きざまが厚く表現され、十分に見ごたえのある作品になっていると思います。
当時、乱交パーティーや薬物使用、HIVのニュースに触れた、20歳そこそこの私は、『フレディ・マーキュリーやっぱエイズだってさ』とたいした知識もないのに、蔑んでいたことを反省させられました。
ただ、残念だったのは最後のライブエイドのシーンで、ところどころに挟まれる、フレディを応援する人たちのこれみよがしな、暖かなまなざしのカット。”やっぱりか”と私には一番興ざめする演出でした。(自分がひねくれてるだけかもしれないが)
ちなみに、かなりのファンである私の友人は感動できないのが判っているから行かないそうです。クイーンに詳しい方には鼻につく場面もあるかもしれないので、観ないというのも賢明な判断かと思います。
気になったこと
当時の時代を思い出したり、知らなかったことを知ることができたり楽しかったです。
「ブレイク・フリー」はロジャーの発案だったんですね。当時、洋楽ファンの友人たちとフレディが開き直ったって話したものでした。
ライブエイドの募金は電話が鳴りやまなかったといいかますが、当時、日本でもフジテレビ系列で深夜リアルタイムに長時間放映され別の理由で電話が鳴りやみませんでした。
なかなか見ることができないアーティストたちのライブが見られるというので洋楽ファンたちは眠い目をこすりながらテレビの前で待っていました。しかし日本で放映された内容はひどいものでした。
待っていたアーティストが歌い始めてすぐに、「ここで日本のアーティストの演奏をお見せします」と日本の歌手たちの歌に変わりました。
「なんで途中で矢沢永吉の歌になるんだ!矢沢聞きたくて待ってたわけじゃない」と友人が怒ってフジテレビに電話したといっていましたが同じような人が多かったらしく日本の歌手が見たくて待っていたわけじゃないと苦情が殺到したため、予定されていた日本の歌手たちの歌は中止して数時間後にライブエイドそのまま放送することになりました。
そんなことを思い出しました。
クイーンはあまり知らなかったけど最高の最高。 LIVE AIDを生...
クイーンはあまり知らなかったけど最高の最高。
LIVE AIDを生で見たかった。
曲が終わるたびに立ち上がりたかった。笑
そしてあとからほんものの映像を見たけど再現率高すぎ。
機内上映で観たミラクル!
搭乗すぐ観賞開始、滑走路の混雑で離陸が遅れ、丁度離陸時の加速・揺れの時にウィ・ウィル・ロック・ユー誕生からのライブシーン、ズンズンチャのリズムを聞きながら加速Gでシートに押し付けられる体
最高です!!!
そしてラストのライブエイドのシーンでも、気流が乱れて機体が揺れ始めるでは…
機長有難う!!!
そんな4DX上映にも劣らない環境で観たので採点甘口です。
圧巻の音楽、孤独
子供の頃からQueen好きなので、涙が出た。
フレディの生い立ちもエイズで死ぬことも知ってたけど、彼のとてつもない孤独と、圧倒的な音楽、迫力映像に目を見張り、心揺さぶられた。
世界的な大スターが、窓辺のランプの点滅だけを頼りにしていたりする、誰よりも孤独な姿が、胸を打つ。
ドリカムの歌詞じゃあるまいし、、、なんてロマンチスト。なんて乙女。
バンドは家族だ!俺の車から出て行け!と強い思いをぶちまけ、それでも道を踏み外して孤独を深め、、、最後の圧巻のライブエイドで昇華されていく。
バンドの伝記としては順調過ぎるけれど、メンバーのわちゃわちゃと仲の良さは観てて楽しかった。
私はQueen好きだからこの映画も感動したけど、
Queen知らない世代は、何でこの映画好きなんだろ??不思議。
ヒゲのおじさんのBLは美しくないけど大丈夫ー?(^_^;)
何よりもやはりQueenの曲の素晴らしさが映画の価値を高めているのかなと。
3Dで(Depressing Dull Doubtful)いろいろと呆れる
僕が映画を観ているときの感想。
「ブライアンかっけー!
正義感溢れるナイスガイじゃん。
それにしても自分勝手な主人公だなー」
僕はもともとクイーンのファンではなく他のバントのファンだ。強いて言えばギタリストに興味があった。
しかしフレディがまるで仲間を裏切るかの如くソロを始める辺りで違和感を感じだした。
「うーん、そういえば映画作ってるのって存命中のクイーンのメンバーだよね?」
だんだん僕はシラケてきた。作中のフレディは正直カッコ悪いし、(少年漫画の主人公のような好感の持てるカッコ悪さではない。)作中のブライアンは絵にかいたように人格者に見えたのだ。
もう一度言うが僕はクイーンのファンではない。違うバンドが好きだ。(でも少し、クイーンについての知識はある)だからクイーンやフレディ・マーキュリーへの贔屓目なしでこの映画を見た。それでも「なんだこれ???ほんとにフレディ・マーキュリー???」と思ったし、クイーンの存在とフレディの内面をつまらない感動のために作り上げようとしている感じがしてモヤモヤする。
そもそもフィクションだったら「伝記映画」って言うのは不適切だ。主人公の名前を変えた方が良かったのでは?
娯楽だから時系列を変えるの自体はどーでもいいが「真実の物語」ではなくなるし、結果的に大衆向けのストーリーのために妥協したことになってないか?
「6分は長すぎる」
「奥さんとは6分で終わるの?」
大衆向けを狙わない、革新的な賭けに出たボヘミアン・ラプソディー(曲)なのに、ボヘミアン・ラプソディー(映画)は陳腐で安全なつまらない選択をした。。。
しかし僕がこの映画で最も気にくわないのは世間の騒ぎだ。
映画が公開してからこの映画に対する賛美を観察してきた。
・公開当時:「クイーンファンも絶賛!ラミ・マレックがフレディ・マーキュリーを完コピ!!」「フレディが憑依した。そこにラミはいなかった。」「胸アツ!真実の伝記映画」
・その後:「ファンは納得出来ない様だがクイーンを知らなかった層が称賛」「創作映画だから真実なんて求めてはいけない」「ラミはそっくりではないが"らしく"見える」
・ゴールデングローブ賞を獲ったとき:「ラミはオリジナリティー溢れる演技をしたのが良かった!」「ラミはフレディの真似をしなかったのが良かった」
これは全部、称賛している人たちの意見です。いや、なんでそんなに変わるの?最後らへんのコメントなんか似てないって言ってるようなもんだ。
アカデミー賞にも呆れる。
ラミ君がグリーンブックのヴィゴ・やバイスのクリスチャン・ベイルの肉体改造に圧勝してると言える人はいるかい?
音響編集賞とかもらってるらしいが、なんかフレディの歌声で加点されてないか?
僕はアカデミー賞にはもともと不信感があったがそれは確かなものとなった。
年寄りの男ばかりで封建的で賄賂で票を左右する集団とか言われるのも仕方ないよなって。
「皆が誉めてるから俺もこの映画誉めとこう」
「TVで騒がれてるからスゴイ作品に決まってる」
それは観客として映画を馬鹿にしていることにもなる。どれだけ賛美しても自分の感想じゃないじゃん。「なんとなく」賛美するのは、この作品、ボヘミアン・ラプソディーに対しても失礼だと思う。
もちろん周りに合わせているわけじゃなくてこの映画が心から好きな人も少数いるんだろう。それは別に良い。僕と意見がちがうだけだ。
しかし周りに迎合してこの作品を称賛するのはよくない。
本当に好きなわけでもないのに"ボヘミアン熱"にやられちまった人は今から冷静になろう。
Don't wanna be a bohemian idiot!
良いところは音楽🎼だけなのに生かしきれていない、というか殺してる。
個人の感想ですが娯楽として楽しめませんでした。
ストーリー:❌
登場人物の魅力:❌
歌の挿入:🔺←良いところでぷっつり切れる。
もちろんドキュメンタリーじゃないので真実を学ぶためのものではありません。娯楽のために作った映画です。それでも娯楽として超つまらないと感じてしまった。
友達はわざわざお金を払いたくないから飛行機内で観たようです😃💦私よりシビアだな😰
劇場で観て水増しされてもつまらなかったからDVDとかで観てもアンマリなのかな…🤔
ラミ=フレディ氏にくぎ付けになる
音楽だけでなく、演出・映像・演技・脚本も素晴らしい。
クイーンファンからは史実と違う!という指摘が多いけれど、映画としては一級。
本物のフレディ氏を知らない。
純粋に、ラミ=フレディにくぎ付けになる。
ラミ氏の一挙一動がすごい。映像に残っていないであろう、ハットン氏の家を訪問する様子までも、フレディ氏ならああであろうと思えてしまう。
そのくせ、ふとした瞬間に周りを伺うそぶりが見え隠れする。
メアリーさんや他のメンバーを見つめる、捨て子猫のような表情。
と思うと、茶目っ気のあるいたずらボーイ。自己顕示欲と、皆を楽しませるパフォーマンスの見事な融合。
抱きしめたくなり、いつまでも目で追ってしまいたくなる。
ラミ氏だけでなく、メンバーやハットン氏も写真や動画で見る限りそっくり。ポール氏だけは映画の方がよい男だけれど。
脚本自体は王道のストーリー。
バンド結成~成功、成功の陰に隠れた闇、そして復活。
成功者にまとわりつく蠅。たくさんの人に囲まれているから”孤独”じゃないなんて嘘だ。自分を利用しようとし、群がってくる大勢の人に囲まれているからこそ深刻化する”孤独”。耳を傾けるべき人と、傾けてはいけない人を間違える愚。そして、自分を大切にしてくれる人々との断絶を生み出す。
そんな底なし沼からの脱出。
フレディ氏固有の物語でありながら、フレディ氏以外の人でも起こりえる物語として作られた映画。そして、見る人の経験・心とシンクロし、普遍的な映画へと昇華する。
名前を変えたかった思い等の確執はあっさりと描く。
反対に、心が求めるものと体が求めるものが違う苦しさ等が切々と描かれる。
メアリーさんにしたら「私は母じゃない!」って思うだろうと思うけれど。
たくさんの人に愛されるフレディ氏。
不躾に心に踏み込まれる苦しさ。親しき中にも礼儀ありというのを知らないか。
いや、ファンなら何もかも知り尽くしたい。欲の押し付け。
そんな思いを生活の糧にしているマスコミがフレディ氏を追い詰める様が、疑似体験しているような錯覚を覚えるほどリアル。
楽曲も、そんなフレディ氏やバンドメンバーの思惑等を示唆するように挟み込まれてくる。
農場の風景。ここに鶏が出てくるのは遊び心?他にも、気が付く人は気が付ける遊び心が散りばめられている。
泣きながらの作詞・作曲。『ボヘミアンラプソディ』に関するある説を頭に置いて見るとさらに胸に迫ってくる。
病院で交わされる「エ―オ」のやり取り。涙が出てきた。
この楽曲に込められた思いは何?映画のストーリーや俳優の表情に触発されて、意味づけしたくなり、様々なコンテンツを手繰り、映画を何度も鑑賞したくなる。
そして迎えるクライマックス。
「空に風穴を開ける」楽曲。
空撮が会場を総なめする。舞台では、フレディ氏だけでなく、他のメンバーもていねいに映していく。メンバーの姿越しに見える観客。会場外で聞いている人々。
「空に風穴を開ける」だけでなく、世界が、クイーンの楽曲に触発されて、命を・人生を取り戻していく。
そしてライブのラストに『We are the Champions』の合唱。すべてを昇華して迎えるエンディング。
一人じゃない。
すべてを乗り越えて勝ち取る勝利へと続き、クイーンやフレディ氏のみならず、私達すべて、一人でもがき苦しんでいる魂への讃歌が拡がっていく。
鳥肌が立つ。
確かに、もう少し、踏み込んでほしいところもある。
でも、多くを語らず、役者の表情で見せる。
極端な悪人を作らない。
唯一の悪者のように見えるポール氏でさえ、家族から切り離され、有名人と同一化したかった・独り占めしたかった孤独が際立ち、悲しさを誘う。
そんな配慮にも、史実を元にしたフィクションとして制作した映画スタッフの心意気がうれしい。
(もちろん、現実では世界情勢はさらに深刻化していて、かつ今はその問題に関心を持っている人が少ないことに哀しみを感じるから、すべてがハッピーにはならないのだけれど)
1回目は極上音響上映にて鑑賞。私の耳が悪かったのか、席が悪かったのか、ところどころ音が割れて、悲しかった。ドルビーでも私には同じだった。
それでも、作品の持つ力がすさまじく、”ライブ”として鑑賞したくなって、応援上映にも参加。応援上映にも関わらず静かな回もあるのですね。でも最初の鑑賞で気が付かなかったところをじっくり見ることができました。
最高のエンタテイメント
予告編から心を掴まれた。
公開後の評判も良かったが、実際に鑑賞して前評判に違わぬ最高の出来だった。
レミマレックの演技が素晴らしく、彼の当て振りの演技によって演奏シーンを中心にグングン物語に引き込まれてしまった。
しっかり掴み切った上での、ウェンブリーでのライブは今までで最高のクライマックスであった。
映画館が大きくクオリティが高いほどに、良い体験になる設計であり、最高のエンタテイメント映画であった。
スタンディングOK応援上映は別世界
IMAXをはじめとして様々な上映方式、さらに盛り上がりに欠ける応援上映から某中東系航空会社のズタズタにカットされたものまで含めて通算30回あまり観ました。
2018年11月8日の前夜祭から始まり、2019年4月17日の「クイーンの日」を持って一旦は劇場での上映は終了するらしい。
2018年12月28日から始まった成田IMAXでのスタンディングOK応援上映こそ映画観賞に新しい可能性を感じさせた。その後は、各劇場での事情に合わせたスタンディングOK応援上映の試みが広がったことを記しておきたい。
満足な宣伝もなく、Twitterを中心としたSNSでの拡散だけが頼りで日本各地より熱心なファンを集めたことは奇跡のような出来事でした。楽曲映像に合わせての発声、手拍子、声援、サイリウムを振るなど観客参加型の形態が自然発生的に広がったのも素晴らしかった。コスプレにも優しい劇場でした。グランドフィナーレでは、人生初のコスプレにも挑戦してみました。
劇場スタッフと支えてくれ参加してくれた全ての観客に感謝します。
全てにおいて最高。文句無しの★5
元々QUEENのことは全然知らず
楽曲も「あ〜、これ聞いたことある」
というレベルでの鑑賞だったが
見事にQUEENの虜になった。
それまできちんと聞いたことがなかった楽曲も、はじめてfullで聴いたところ、どハマり。CDも購入した。初めは中古で購入したが、聴けば聴くほど好きになり、後世に残したいという思いが強くなり…
結局、新品で購入し直した。
映画は1回目に行った際はQUEENについての知識がなく内容を理解するのが難しかったが
2回目に行った際にはちきんと理解し、1回目よりも楽しむことができた。
フレディの人間らしい一面と、他メンバーとの絡みを見た上での楽曲に感動し涙した。
ライブ・エイドでのシーンはまさに
フレディ率いるQUEENそのもので、
再現度に驚き、本当に素晴らしいと思った。
何よりQUEEN本人達(亡きフレディ除く)が
俳優の方々に直々に楽曲を教えたということ自体、すごいことだ。
こんな奇跡は他にない。
CDに続きDVDも必ず購入したい。
心を揺さぶる作品を、ありがとう。
完コピとオリジナル性のバランス感
世界で最も有名なバンドの一つ、QUEENを描いた伝記映画。
2018年度の注目の一本であったがまさかここまで大きく取り上げられるとは思っておらず、11月公開ながら2018年公開の洋画最大のヒットを記録するどころか、歴代の音楽・ミュージカル映画における国内最高の興行収入を達成するなど驚異の記録を更新し続けている今作。
アカデミー賞においてはフレディマーキュリーを演じたラミマレックの主演男優賞を始め4部門を受賞し、高い評価を得た。
QUEEN結成から1985年のライブエイドまでを綴ったQUEEN素人(自分笑)にも優しい内容で数々の名曲やアルバムなどの歴史を追うのにとてもわかりやすい内容で単純に楽しめる。
さすがQUEENということもあって聴き覚えのあるイントロやフレーズが聴こえただけで映画館内がざわついたのを感じた笑。
一部のQUEENファンからは時系列が違うなどの厳しい指摘を受けているものの、それも脚色の一つと捉えれば全体としての完成度は非常に高い。
またこの手の映画にありがちな役者が本人を演じて歌うなどの演出が全く無い、全編の歌声をフレディマーキュリー本人の歌声を使うある種の英断で、ライブパフォーマンスはすこぶる良い。
さらにはラミマレックの完璧なフレディマーキュリーの模倣でその歌声に躍動感を与えている点がすごいと感じた。
ネットで出回っている実際のライブエイドと本編ラストのライブ映像を見比べた動画を観るとその辺りがよくわかる。
ピアノの上のコップの数量や向きまでも当時と合わせていてこだわりを感じた笑。
バンドの生涯がいかに劇的で、なおかつフレディーマーキュリーがいかに特別な存在かということを訴えた作品であった。
あとブライアンメイとジョンディーコン似すぎ笑。
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