「満たされ過ぎないのも、良い。」Diner ダイナー bloodtrailさんの映画レビュー(感想・評価)
満たされ過ぎないのも、良い。
平山夢明は下唇がワナワナになるくらい好きな作品もあるけど、ダイナーは未読。蜷川さんは親子で苦手。玉城ティナは好き、藤原竜也は苦手。上ザラ天秤は完全平衡。疲れたからスルーして帰ろ、と思ったら雨が降り出したので雨宿りだと思って観た。見終わった時には雨足が弱くなっていた。観て正解どした!
モノクロ、無彩色の世界観しか無い平山ワールドと蜷川実花の原色取り散らかし演出が、意外にも、無茶苦茶に合ってて驚いた。いや、冷静に考えてみると、「救いの無い惨虐性」とか、「その果てのハッピーエンド」と言う平山夢明のストーリーなんかは、蜷川監督の好みかも知れない。
舞台演劇的な蜷川ワールドも、狭いダイナーが舞台なんだから違和感無いし。蜷川さん的には思い切りやれたんではないでしょうか。
ところでラストはどっちなんですかね?
グラファナトの「死者の日」にはマリーゴールドの香りが街を満たします。1日だけ、魂が帰る事を許される日。そちらにしても。毎年、1日だけ、かなこのダイナーを訪れるボンベロ達。それはそれで、切なく、満たされ過ぎない幸せで、素敵だと思う。
満たされない事で生きていける人間だっている。必要だと言われるよりも、要らなくはない、と言われるほうが幸せ。自分を必要としているのは自分。
なんか、満たされたり、満たされなかったりしながら生きて来た大人達には、かなり染みる事ばっかり言ってる、この人達。
満たされ過ぎない愛も、それなりに良い。
玉城ティナのフトモモに萌え!てる場合じゃ無い、結構良い映画だった。
好き。かなり。
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7/15追記
なんか、「このラスト、どう解釈する?」って聞かれてる気がする。蜷川監督の「心理テスト」。そこで「ボンベロ様御一行は生きてカナコのダイナーに現れた説」擁護のために、屁理屈を並べてみます。
1.ボンベロのダイナーで、夢千代は瀕死ではあるが完全に絶命していない。
2.日本で死んで遺体がメキシコには無い者たちの魂が、メキシコの死者の日にメキシコで復活するのは合理性を著しく欠く。
3.スキンの自爆装置の爆薬の「量=エネルギー」の問題。着衣可能な爆薬の量は自らを吹き飛ばすに必要十分な量と仮定した場合、それほど多くは無い。ボンベロのダイナーを吹き飛ばすには不十分。だが、爆音と爆風だけでも、ブレイズをひるませ形勢を逆転するには十分な量だった。と仮定すると、ボンベロが生き残る可能性を完全に否定できない。
結構苦しくはあるけど、生きてても良さそうな気がする。
「物語」は観る者の主観に委ねる、なんだろうなぁ...
蜷川監督の意図が知りたいっす。
居なくなっても誰も困らないと思っていた自分を命懸けで助けてくれたボンベロに、年に一度逢えると信じて憧れのメキシコに店を構え、その日を待つ...
あんな残虐劇の後なのに、とてもロマンチックだなと思いました
こんばんは
いつもイイね頂いてありがとうございます
私は救われました!
自分で自分を必要として生きていっても良いんだと...
予告からは想像していなかった、内容の濃い作品だったと思います