「70年経っても消えない:娘のタトゥーは...」家(うち)へ帰ろう だいずさんの映画レビュー(感想・評価)
70年経っても消えない:娘のタトゥーは...
ホロコーストのトラウマについての話だけどユーモア要素が効いていて、見やすいです。
観客の間口を広げるという意味では見やすいのはいいことです。
アブラハムはアルゼンチンに移住しているホロコーストの生存者です。
ポーランドからアルゼンチン。遠い。
その距離を、気候も文化も異なる地への出立を促した傷を、想像して切なくなります。
移住後はポーランドへ戻ることもなく、ポーランドと口にすることもなく生きてきたものの、娘たちに老人ホームへ入れられる段になって、ポーランドの友人と交わした約束が去来し、発作的にポーランドへと旅立ちます。
ドイツ乗り換えはもってのほかなのでマドリードから電車でポーランドを目指します。
マドリードではホテルで所持金を盗まれてしまって大ショック!
ホテルの支配人女性と飛行機で隣に座った青年が助けてくれて、マドリードにいるが喧嘩別れした末娘に資金援助をイヤイヤ頼みにいきます。
末娘、態度は硬いですが左腕に6桁くらいの数字のタトゥーを入れていて、アブラハムに見られてしゃっと隠します。
おわかりの方にはみなまでゆうな、無粋ぞとたしなめられそうですが、いっちゃいます。
あの数字はナチスが強制収容所に連行したユダヤ人やその他の人々に入れた「囚人番号」で、当然アブラハムにもあります。
末娘さんは父の悲しい過去を自分の体に刻んでいた、というわけです。
おそらくこの末娘が一番深く強く父を愛したという証ではないかと思わせるシーンです。
その後列車でフランスについて、ドイツを通らずポーランドに行きたいと駅員に筆談とスペイン語で言います。
ドイツもポーランドも口にしたくないから文字で示し、ドイツに立ち入りたくないからドイツを避けたルートを出せという。
望む案内はしてもらえずふてくされていると、女性がスペイン語で助けを申し出てくれる。
この女性はドイツ人で、スペイン語もイディッシュ語も話せる。ホロコースト被害者への贖罪の気持ちがある人です。
ドイツ人を嫌うアブラハムの無礼な態度にめげずに、助けてくれる素敵なひとです。
どうしても乗換でドイツの駅に立ち入るしかなくて、どうにかしろと騒ぐアブラハムに、彼女の荷物をホームに敷き、その上を歩くことでドイツに立ち入らないwという一休さん的とんちで対処します。
この辺りのシーン、いいですね。
ドイツ人の彼女が、21世紀の世にいきていてユダヤ人に償わなければいけない責任はないんです。
その上で、過去に自分の属する文化圏の人々が犯した罪を自らの罪として背負って生きる、今も今後も償うという姿勢が、わたしは尊く思います。彼女の矜持は正しいと信じます。わたしもそうしなくてはいけないと思います。
無事にドイツを踏まずに乗り換えしたものの、電車内で倒れてしまいポーランドの病院でアブラハムは目覚めます。
看護師の女性に助けてもらい、かつての自宅へ行きます。
全編にわたり、妹と友達と楽しく過ごす子供時代、収容所から命からがら逃げてきたシーンなどが回想として挿入されます。自宅はポーランド人の元使用人に奪われてしまい、家には入れない。使用人の息子である友達が、かつての使用人部屋へアブラハムを運んでくれて命をつなぐことができた。彼のためのスーツを渡したい。
近くまで来て帰ろうとして、やっぱり諦められなくて家を振り返ると友達と目があった。70年以上振りの再会です。
お互いに老いたけど、会えた。よかったねぇ。素直にそう思いました。
70年経っても忘れられない傷はあるっていうことに、改めて打ちのめされました。
死んでしまうよりは生きてるほうがいいけれど、それでも消せない怒りがある。忘れることのできない恨みがある。
誰かをこのような立場に引きずり込む権利を、何人も持たないはずだと思います。
でも、アブラハムだけではないですよね。
無数にいる傷つけられた人々を思い、人の傲慢さを改めて噛みしめました。