劇場公開日 2018年8月31日

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判決、ふたつの希望 : 映画評論・批評

2018年8月21日更新

2018年8月31日よりTOHOシネマズシャンテほかにてロードショー

アラブ社会の複雑さを普遍のヒューマニズムへ昇華させる手腕に瞠目

ことの発端は、工事関係者と住民の小さな諍い。しかし事態は、侮辱、暴力、裁判へとエスカレートし、やがて国を分断する大騒動に発展してしまう――。

判決、ふたつの希望」は、今年のアカデミー賞でレバノン映画として初めて外国語映画賞にノミネートされたヒューマンドラマ。同国出身のジアド・ドゥエイリ監督にとって、長編4作目にして日本での劇場公開は初となる。

まず主演俳優2人による抑制の効いた演技がいい。パレスチナ難民の現場監督ヤーセル役、カメル・エル・バシャは監督や脚本家としても活躍する才人で、押し殺した感情を表情で雄弁に語る。本作が出品された昨年のベネチア国際映画祭では最優秀男優賞を受賞した。対するレバノン人のトニー役には、ナディーン・ラバキー監督・主演の「キャラメル」でヒロインに思いを寄せる純情な警官を好演したアデル・カラム。本作では打って変わって、パレスチナ難民への憎悪と家族への愛情の二面性を持つ複雑なキャラクターを体現した。

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ドゥエイリ監督は、長編デビュー作「西ベイルート」(98)以来のオリジナル脚本となる本作で、自身が配管工の男性と口論になった実際の体験に着想を得たという。どこの国、どこの社会でも起こりうる小さな衝突を導入部で提示し、双方の尋常でない「頑なさ」の背景には、レバノン内戦によって生じたキリスト教系レバノン人とムスリム系パレスチナ難民の歴史的な対立と確執があることを、法廷劇のスタイルを活用して徐々に明かしていく。

重苦しく険悪になりかねない筋書きだが、女性たちの存在にずいぶん救われている。特に、相手からの謝罪にこだわるトニーをいさめる妻シリーン(リタ・ハーエク)と、被告ヤーセルを弁護するナディーン(ディヤマン・アブー・アッブード)の2人は、それぞれ理性的かつ誠実に問題に対処しようとする姿勢が明るく爽やかな印象を残す。

ドゥエイリ監督は自国民さえ忘れたがっているというレバノン内戦の暗い歴史に切り込みつつ、ヒューマニズムという希望を決して失わない。そうした普遍的な価値と、緻密な脚本、卓越した演出力のおかげで、本作はレバノンの事情やパレスチナ問題をよく知らない観客も引き込む面白さを獲得している。判決が出たあとの登場人物たちの表情を見れば、この映画を観てよかったなと心から思えるはずだ。

高森郁哉

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