ドント・ウォーリー : 映画評論・批評
2019年4月23日更新
2019年5月3日よりヒューマントラストシネマ有楽町、ヒューマントラストシネマ渋谷、新宿武蔵野館ほかにてロードショー
人を笑わせ、時に怒らせる風刺漫画家。その鋭い視点と慈しみの原点とは?
交通事故で脊髄を損傷し、胸椎から下が麻痺して車椅子生活となった男が、苦闘の果てに、神からのギフトである絵の才能を元手に風刺漫画家としての道を歩み始める。
実在の漫画家、ジョン・キャラハンが自ら綴った伝記をガス・ヴァン・サントが脚色&監督した最新作は、当然の如く、凡庸なサクセスストーリーにはなっていない。事故に遭った時点で、すでに重症のアルコール依存症だったキャラハンが、なぜ、まるで自分の命を弄ぶような行動をとったのか。トラウマの原点を徐々に解き明かしていく過程は痛々しいし、頼みの介護人は最低限のサポートすらしてくれない。ケースワーカーに至ってはキャラハンが漫画で収入を得始めた途端、援助を打ち切ると冷徹に言い放つ。今畜生!! けれど、いつも社会的弱者に対して温かい眼差しを向け続ける監督のサントは、ある時からキャラハンが通い始めるグループセラピーを介して、同じ苦しみを共有する仲間の有り難みを解いていく。メンバーは全員アルコール依存症だが、抱え込む問題は他にもあって悩みは深く、複雑に入り組んでいる。彼らが繰り広げる容赦ないセッションを見ていると、最近のアメリカ映画に頻繁に登場するグループセラピーが定型通りに思えてしまう程だ。
何より強烈なのは、どんな切実な訴えにも冷静に対応し、言葉を選んで相手の本心に迫り、次の一手を的確に指示するセラピーの主催者である青年、ドニー(別人のように美しいジョナ・ヒル)の存在だ。老子の言葉を引用し、キャラハンを段階的に再生させていくドニーのある真実が判明する時、キャラハンはようやく気づくのだ。セラピーの最終的な着地点は、自分を許すことなのだと。
キャラハンが紙の上で炸裂させる風刺漫画が、人を笑わせ、時に怒らせるのは、そこにどん底から這い上がってきた人間独特の鋭い視点と、人に対する慈しみがあるからだ。
慣れない車椅子をあてがわれたキャラハンは、スイッチをフルにして路上の暴走族と化し、車椅子バスケットボールが行われている体育館を覗きに行く。街角で出会ったスケボー少年たちに漫画を見せて感想を聞く。神が彼に与えた最大のギフトは、無謀と表裏一体の明るさ、だったのかもしれない。
(清藤秀人)