プーと大人になった僕 : 映画評論・批評
2018年9月11日更新
2018年9月14日よりTOHOシネマズ日比谷ほかにてロードショー
懐かしいプーたちとの再会で、主人公と一緒に味わう “大切なもの”のぬくもり
ぬいぐるみの親友と想像力があれば、幼年時代は幸せに過ごせるものだ。「くまのプーさん」を見てそれを知ったという人も多いと思う。A・A・ミルンの原作であれディズニーのアニメーションであれ、「くまのプーさん」に思い入れがある人たちにとって、この映画は素敵なプレゼントとなるだろう。これは、かつて“100エーカーの森”でプーや仲間たちと仲よく遊んでいたクリストファー・ロビンが、昔の親友たちと再会する実写版の続編。クリストファーと一緒に観客たちも、懐かしい友と再会できるからだ。
とにかく幕開けから、ノスタルジーをかき立てる作り。プロローグでは少年クリストファーが寄宿学校へ行くため、プーたちとお別れする場面を再現する。生きたぬいぐるみのプーたちは、アニメーションと原作の両方をバランスよく投影したような姿だ。プーに「僕がいなくても“何もしない”をしてくれる?」「100歳になっても僕を忘れないで」と頼むクリストファー。
ここでのクリストファーは、A・A・ミルンの息子ではなくフィクションの登場人物だ。プーと別れてから恋と結婚、戦争を経験。40代のいまは娘マデリンの父親でもあるのに、ブラック企業の社畜になってしまった。妻子との休暇を返上して仕事に励む彼の元へ、プーはやってくる。もちろんプーはまるで変わっていない。ところが、すっかり変わってしまったクリストファーには再会を喜ぶ余裕すらない。
ここから先のストーリーは、きっと想像通り。「メリー・ポピンズ」のバンクス氏のように、迷子になっていたクリストファーは“100エーカーの森”でプーたち旧友に見つけてもらい、娘の気持ちに気づき、忘れていた大切なものを取り戻すのだ。プロットだけを見れば、緩いし工夫もヒネリもないように思えるかもしれない。しかしここには、会いたかったプーやピグレットやティガーら、それぞれのキャラクターがきっちり描けている。しかもディテールには原作オマージュがてんこ盛りで、それが映画の妙味として利いているのだ。長い時間、“何もしない”をしてきたプーは、プーらしいことをたくさん言う。「おばかさんだなぁ!」と言いたくなるその言葉に、実はクリストファーが見失っていた “人生の真実”とぬくもりが宿っている。もちろん、あくまでもプーは無自覚。でなければプーじゃない。
というわけで本作はぜひ、オリジナルのアニメーション(と原作本)を楽しんでから見てほしい。見たという人も、もう一度。オールドファンは、エンドクレジットで歌う人物(今年90歳!)の姿にも感涙必至だ。
(若林ゆり)