「地獄の中に求めた愛と幸せ」愛しのアイリーン 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
地獄の中に求めた愛と幸せ
ダメ人間の悲哀を苦いユーモアで描く事に定評ある吉田恵輔監督だが、さらに磨きがかかり、人間のゲスい面を生々しく。
映画化を熱望したという新井英樹のコミックを基に、その内容にKOされた。
とある寒村で、老いた両親と暮らす40過ぎの独身男、岩男。
恋愛にも無縁で、最近もパチンコ店の同僚に失恋したばかり。
家族と揉め、突然旅に出る。
暫くして、父が死去。葬式中に、ひょっこり帰省。
岩男一人ではなかった。若いフィリピン人女性を連れて…。
家を飛び出した岩男は、お嫁さん探しのツアーでフィリピンへ。
そこで見つけたのが、このフィリピン人女性、アイリーン。
そう、彼女は岩男のお嫁さんだったのだ…!
これには村中、呆然。
誰より愕然としたのは、岩男を溺愛する母ツル。猟銃を持ち出し、アイリーンに突き付ける…!
国際結婚の騒動…なんて生易しいもんじゃない。
ドス汚れた愛憎劇。
岩男がアイリーンに決めたのも、“運命の相手”なんかじゃない。変わる変わるお見合い相手にうんざりし、テキトーに決めたのが、たまたまアイリーンだっただけ。
しかも、300万円というお金で買って。
アイリーンも貧しい家族に仕送りし、養わなければならない。
お金で買った結婚。
一応結婚したというのに、SEXもナシ。
そこに“愛”なんて無い。
村中呆然も分からん訳ではない。
40過ぎたいい大人が、娘ほど歳の離れた、しかも“ガイジン”を連れて帰って来たのだから。
ついにおかしくなったか…?
ツルのアイリーンに対する態度は、ただ好かないってもんじゃない。
あからさまに忌み嫌い。と言うか、憎悪。“虫けら”呼ばわり。
岩男を溺愛するツルにとって、息子の嫁にはいい嫁が来て欲しかった。
それなのに、何処ぞの馬の骨か分からないような、ガイジンの女…いや、虫けら。
ツルは知り合いから紹介された若い女を息子の嫁にしようとする。
その行動は度を過ぎ、売春を斡旋するヤクザと暗黙の結託。
お金で買った結婚。
愛なんて無かった。
でも、不思議なもんで、一緒に暮らしている内に、少しずつ少しずつ、芽生えてくる。
ツルやヤクザの妨害。障害があればあるほど、燃えてくる。
その末に晴れて両想いとなり、ファースト・キス。遂に結ばれる。
これにはさすがに周囲もツルも認めざるを得なくなり、めでたしめでたし。
…になんてならない!
ヤクザに連れ去られたアイリーンを助けようとして、岩男はある過ちを犯した。
それが岩男を苦しめ、狂気に囚われる。
その捌け口のように、他の女と関係を持つ。
まるで、性の獣のように。
芽生えたアイリーンへの愛情も消え失せ、おま○こ以外、冷たくあしらう。
勿論、ツルは依然、辛く当たる。
一体、何の為に故郷を遠く離れ、こんな異国の田舎に嫁いできたのか。
日に日に故郷へ帰りたい気持ちが募ってくる。
最低最悪、絶望、地獄のような結婚生活。
しかしまだまだ、壮絶な事態は続く…。
ドス黒い愛憎劇、過激な暴力描写や性描写、予想も付かない展開…。
吉田恵輔の演出は、これまでにないくらい衝撃とパンチが効いている。
この凄みのある演出は、園子温や白石和彌級だ。
序盤はうだつが上がらないが、中盤は激しい愛に燃え、そして終盤はゾッとするほど荒々しく。
安田顕の熱演は、変態的なまでに圧倒させられる。
そして、誰よりもインパクト残すのが、ツル役の木野花。
これまでの穏やかなイメージから一新、異常な母の愛を怪演し、これは暫く語り継がれるだろう。
そんな中で、オーディションで選ばれたアイリーン役のナッツ・シトイの天真爛漫さ、ピュアさに癒される。
救いなんて無いような人の業と欲の渦巻く地獄模様。
ある悲劇がさらに襲い来る。
本当にえげつないほど、むごい。
でも、その底の底に、微かに、愛や幸せを求める姿を感じる。
貪り食っただけのような性交の果てに、新たな“生命”が。
クライマックスの“姥捨て山”。その道中、“生命”の存在を知り、初めて、手に手を重ねる…。
原作とは違うらしいが、印象的な雪の中のラストシーンが余韻を残す。
雪の中の、灯火。
それは、地獄の中で、誰もが求めた愛と幸せ。