妻よ薔薇のように 家族はつらいよIII : インタビュー
全女性が共感? 「家族はつらいよ」最新作で夏川結衣が体現した“主婦あるある”
巨匠・山田洋次監督が、現代日本の“家族の風景”を喜劇仕立てで描く人気シリーズ「家族はつらいよ」。熟年離婚や無縁社会など、社会的な問題を笑いに昇華して描いてきたが、最新作「妻よ薔薇のように 家族はつらいよIII」の主題は、家庭を切り盛りする“妻への賛歌”。これまで以上にエモーショナルな、心温まるホームコメディに仕上がっている。近年、家庭内の経済格差や主婦の立場向上が叫ばれるなか、山田監督と出演陣はどのような物語を紡ぐのか。今作で“主婦代表”の役割を担った実力派・夏川結衣に、話を聞いた。(取材・文/編集部 写真/堀弥生 ヘアメイク/板倉タクマ nude. スタイリスト/藤井享子)
誤解を恐れずにいえば、本作はシリーズ史上最も共感度の高い物語だ。これまでの2作品が家長・周造(橋爪功)と妻・富子(吉行和子)を中心に、高齢者が直面する問題を描いていたのに対し、本作は「お客さんの目線に1番近いキャラクター」(夏川)である長男の妻・史枝(夏川)を主軸に置いた、働き盛りの世代の物語へと世代交代。さらに、富子、長女でキャリアウーマンの成子(中嶋朋子)、次男・庄太(妻夫木聡)の妻で看護師の憲子(蒼井優)ら、年齢も立場も異なる3人の妻の物語が絶妙に絡み、家庭を持つすべての女性、ひいてはそんな女性たちに支えられている男性に刺さる要素が存分にちりばめられている。
夏川は、「今回は、皆どこか心当たりのあるシーンがあると思います。主婦の目線で見ても『なんか分かるわ』というところもあるし、男の人が見ても『こういうセリフに心当たりあるな』ってなる気がしますね。やっぱり家族の話なので、シリーズを初めてご覧になる方にも、ご自身の家族に置き換えて、何かしら思い当たるものがあると思います。“家族あるある”ですね」と本作の“普遍性”に言及する。
「例えば朝食のシーンなども、見ているとどこか懐かしい感じがする。それはなぜかというと、皆いつかどこかで“家族”っていうものに触れているからだと思うんです」と持論を展開した夏川は、「地方から出てこられた方は懐かしく“家族あるある”を感じていただけますし、ご家族と同居されている方は『そうなんだよね、面倒くさいんだよね』と思っていただいてもいい。私も橋爪さんが演じるお父さんにはうんざりするんですが、でもこのお父さんのキャラクターに皆が振り回される“あるある”が大好きです」とほほ笑む。その言葉通り、本シリーズには“家族に身を置いたことのあるすべての人”の琴線に触れる懐の深さがある。だからこそ、夏川は「試写をご覧になった男の方が、『お嫁さんには見せられない』っておっしゃってましたね」と笑う。本作で見せる史枝の行動が、女性には共感を、男性には反省を呼び起こすからだ。
夏川が演じる史枝は、これまでのシリーズで家庭の潤滑油として“裏方”に徹してきた。だが、今回は家事のさなかに空き巣に入られ、へそくりを奪われてしまう。それでも家族の和を第一に考え前向きに振る舞っていたが、夫・幸之助(西村まさ彦)の心ない言葉に堪忍袋の緒が切れ、ついには家を飛び出す。夏川は、本作の転機となるくだんのシーンを振り返り「(幸之助のセリフ)『へそくりは結局俺が稼いだ金だろ』って……あれは、ない。ない。ない」と首を大きく横に振る。「10年、20年かけてちまちま貯めたお金なのに……。女の人にとっては、あそこが1番『キッ』となるところだと思います。でも、それこそが山田監督の狙いでもあると思うんです。何を言われたら史枝が家を飛び出したくなるのか、我慢の限界が来るのか、考えて考えて脚本が作られています」。
そんな山田監督の現場には、アドリブは一切存在しないそう。「撮影しながら監督が『ちょっとこういうセリフ言ってみて。このセリフの後にこれ言ってみて』ってテストをしながら足したり引いたりはなさいますが、勝手にやるってことはないです。すべて計算されてますね」。その代わり、撮影前に“号外”が出るのだという。「朝、撮影の支度をしているときに、『号外です! このセリフが変わります』って来るんです。来るたびにゾクッとするんですよね。『(セリフを)覚えなおすの……?』って。自分じゃないところであってほしいと思うけれど、(他の役のセリフの変更に伴って)自分のところも微妙に変わったりしていて。そういうときは『ああ、1番嫌なパターン……』って思いますね(笑)」。
さらに、「シリーズの1番の見どころ」だという“家族会議”のシーンでは、全員の表情をカメラに収めるためにミリ単位の調整が行われるのだとか。「カメラマンの近森眞史さんが、『史枝、もうちょっと右へ。まだ。あと5ミリ』みたいな感じで調整します。皆が映っているから、誰かがしゃべっているときにそれを聞いているリアクションも撮られている。背中越しであっても、ちょっと動くのでも映っているからこそ、一体感が生まれているような気がしますね。今回の家族会議のシーンって、台本が15ページ分くらいあってすごく長いんです。リハーサルの日を別にとって、3日間くらいかけて映り込みの問題やセリフのやり取りでおかしいところはないのかの確認作業もあって……本当に丁寧に丁寧に撮っています」。
しかも、同じ空間に存在するのは橋爪から蒼井まで、そうそうたるメンバー。夏川は、「家族会議のシーンを撮っているときは、気を緩められないんですよ。皆さんしっかり自分のキャラクターでこのセリフを話すってことを考えてきているし、置いていかれないように、ちゃんと皆と同等でいられるようにしないといけない。これまで1年に1回シリーズに参加させてもらってきましたが、その間に自分が何をしてきたのかを試されているようなものなんです。『浅くなったなあ』って思われたら嫌だなって思う」と実感を込めて語りつつ、「お互いに『この1年間にあんな作品、こんな作品やってたんだな』って思ったりします。だからこそ、自分のことのように皆さんの仕事を見るとうれしくなるし、応援したいと思いますね」と、劇中同様の“家族の絆”が共演者との間に流れていると語る。「妻夫木さんも、『姉さん、今回は本当に大変だったね。想像すると本当に大変だったと思う』って自分のことのように思ってくれる。撮影がああだったこうだったって話はしないけれど、ちゃんと察してる。すごく感じ合える人たちなんです」。
いつくしむような表情で、“家族”、そして山田監督と丹精を込めて作り上げた本作を振り返った夏川。本作ではシリーズを通して初めてロケ撮影に参加し、「史枝という人の広がりを見られた」と充実の表情を浮かべる。より役への理解を深めた夏川は、「史枝さんのような専業主婦の方はずっと家にいて、1日のほとんどの作業をその中でやっているわけです。そうすると、社会とのつながりが薄れてしまうんですよね。働きに出なくてもいいから、家事以外の話を誰かとするとか、ちょっと出かけるとか、そこにちょっとした社会性があるだけで積もる物が和らぐ気がするんです」と世の男性に向けて、主婦の気持ちを“代弁”した。