「シリア難民問題で揺れるヨーロッパに、天使が降臨する」ジュピターズ・ムーン Naguyさんの映画レビュー(感想・評価)
シリア難民問題で揺れるヨーロッパに、天使が降臨する
コーネル・ムンドルッツォ監督といえば、カンヌの"ある視点"部門グランプリを獲得した「ホワイト・ゴッド 少女と犬の狂詩曲」(2015)。ハンガリーのブタペストを駆け抜ける250匹の犬。法律によって保護施設に入れられた雑種犬たちと、ひとりの少女が起こす反乱を描いた独創的な作品だった。
本作は、そのムンドルッツォ監督によるSFタッチの社会派映画である。
オープニングで語られるタイトルの、"木星の月(ジュピターズ・ムーン)"とは、木星にある69個の衛星(月)のうちのひとつ、"エウロパ"のこと。1610年にガリレオが発見した衛星で、海を持っていることから生命の存在の可能性があるとされる。"エウロパ"はギリシア神話のゼウスが恋した姫の名前で、ヨーロッパという地名の語源でもある。
このことから、本作が"ヨーロッパ世界"を語っていることを暗喩している。さらに"空中浮遊"の特殊能力を持った少年アリアンが出てくるのだが、宇宙SFドラマではない。
少年はシリア難民を代表する象徴であり、父親と共に、内戦の祖国シリアからハンガリーに逃げてくる。国境を越えようとした少年は、父とはぐれてしまい、さらに国境警備隊のラズロに銃撃されてしまう。そのとき、少年は"空中浮遊"という不思議な力を得る。
少年の"空中浮遊"はゆっくりと幻想的で、最新のVFXでは出せないアジを醸し出す。実際にCGではなく、撮影はクレーンで吊るというアナログな手法である。
難民キャンプで少年と偶然出会うのは、医師シュテルン。自身の医療ミスで患者を死に至らせ、遺族からの訴訟と多額の慰謝料に追い込まれている。仕方なく難民の不法入国を助けて、金を稼がなければならない。
シュテルンは金を稼ぐため、少年アリアンの"空中浮遊"を利用して、神の為せる業と、"天使の降臨"と称することを思い付き、荒稼ぎをはじめる。
しかし、少年を銃撃したラズロは執拗に追いかけつづけ、医師シュテルンと少年の逃避行がはじまる。本来エリートであり、人の命を救う聖職であるべき医師のシュテルンは、少年との関係性の中で、"自己犠牲の精神"を思いだし、改心していく話だ。
本作のテーマは、大勢のシリア難民を受け入れるか、拒否するかで揺れるヨーロッパ諸国の人々の行動を問う作品になっていて、一方で、難民による自爆テロの現実も挟み込んでいる。
終盤、シュテルンはついに少年にひざまずき、自身の罪の赦しを乞うようなイメージシーンが出てくる。少年は空から人々を見下ろす、"天使"となり、地面と周りしか見ていない人々の目線を、空に向けるための"象徴"ともなる。
少年を追いかけていたラズロも、最後には少年の能力を畏怖し、少年の逃亡を見逃す。本作は、SFのようなアプローチがとりながら、強いメッセージをヨーロッパ社会に投げ掛けている。
医師がひとりひとりの命と向き合い、患者を救済していくように、難民も、国が考える"難民問題"というカタマリではなく、ひとりひとりに人格や能力があり、それぞれの命を大切に考えていくことなんだということを主張する。
ひとりの医師が命を懸けて、たったひとりの難民の少年を救うことで、ひとりを救うことにも意味があると、じわじわと滲ませている。
(2018/1/30 /ヒューマントラストシネマ渋谷/シネスコ/字幕:横井和子)