「コミュニケーション・ツールとしての言葉の破滅」シェイプ・オブ・ウォーター MPさんの映画レビュー(感想・評価)
コミュニケーション・ツールとしての言葉の破滅
「パンズ・ラビリンス」で見事ジャンル映画としてのファンタジーの限界点を超えてみせたギレルモ・デル・トロ。その最新作は、異形の者同士が言葉を介さず、互いに交わす目線と表情だけで愛を確認し合い、やがて、2人だけの世界へと身を投じていく姿に新たなファンタジーを見出している。対極として、愛のない生活に辟易している夫婦や、意思の伝達能力に乏しいゲイの隣人を登場させて、コミュニケーション・ツールとしての言葉の破滅にもはっきりと言及している。常時濡れているような深緑色の画面、そのウェット感、冷戦時代の冷気を切り取ったようなセットデザイン等々、隅々にまで監督の確立された美意識を感じる、まさしく監督賞に相応しい新ファンタジーである。
監督はむしろコミュニケーション・ツールとしての言葉(言語)の重要性を訴えているのではないでしょうか?
「バカ、死ね、消えてしまえ」などというネットでの攻撃は、何かを伝えるためでなく、書き込んだ人の単なる怒声や発散であって、コミュニケーションを目的としていません。相手に、死ね、と言っているのですから話をする前提はどこにもありません。
言語というツールの使い方がこのようにおかしなことになっている昨今の情勢を踏まえて、言葉というのはそもそも、相手に何かを伝えるために使うものなんだよ、ということを手話という言葉に置き換えて訴えているように感じました。どうしたら伝えられるかの工夫をゆで卵や音楽に仮託しているだけで言語が不要と言っているわけでは無いのだと思います。
作中、SEXが頻繁に描かれているのは、心を通い合わせるツールとして、言葉と同様とても重要なものと考えているからだと思います。どれだけ相手のことを想っているかを伝えるために毎朝、アイラブユー、と手話を通じて言ったり、ハグしたりするからこそ心の繋がりが維持されるのであって、見つめ合っているだけでは、愛は続かないと思います。
こうして多くの方が、言葉を尽くしてレビューを書いているのも何か感じたことを伝えたいためで、これこそまさに監督の術中にハマっているようにも思えます。