「憎きEP8、んで最後のはなんや? スカイウォーカーは血を絶やせど立ち上がる」スター・ウォーズ スカイウォーカーの夜明け ネイモアさんの映画レビュー(感想・評価)
憎きEP8、んで最後のはなんや? スカイウォーカーは血を絶やせど立ち上がる
EP8でぐっちゃぐちゃにされたのを一気に序盤から矯正していく感じが伝わったが、
もう捻りがなくても、無難なスターウォーズに上手くまとまっていて安心して楽しめた。
スノークはパルパティーンの作り出した傀儡だったこと、レイはパルパティーンの孫だったこと。
これらはすべてEP8で判明した事実の塗り直し。
この作業は、あんなEP8がなければする必要なんてなくて、この時間をもっと他のことに充てれたはずだった。
後もう一つ言わせて欲しい。
ベン・ソロとレイ・パルパティーンの1対のフォースというのは、二人の"絆(bond)"で結ばれていたはずだということ。
最後のキスはなんだ?
二人を結んでいたのは"愛(love)"ではないんだろう?
する必要があったのか?
あそこはハグじゃないのか?
とあのシーン以降ハテナが止まらなかった。
ディズニーがスターウォーズに恋模様を多くしたせいで台無しだ!と言うつもりはないが、せっかくファンのための映画だと割り切ったと思わせといて、最後の最後に余計なところで水をささないでほしい本当に…頼むよ…
とは言っても!!
ベン・ソロは血でスカイウォーカーのフォースを受け継ぎ、後天的にパルパティーンのフォースを受け継ぐ存在。
一方レイ・パルパティーンは血でパルパティーンのフォースを受け継ぎ、後天的にスカイウォーカーからフォースを引き継いだ。
その意味で二人は一対になってる。
最終的にベン・ソロはダークサイドから帰還し、
レイ・パルパティーンは血で人生は呪われないこと
を証明しライトサイドを覚醒させた。
この展開がアナキン・ルーク・レイのすべての物語の宿敵である、ダークサイドの象徴パルパティーンを完全否定しているから、
"パルパティーン、ついに破れる!"と納得はできた!
最後、レイがタトゥイーンを訪れ、自らをレイ・スカイウォーカーと名乗ったのは、
"血で人生が呪われないこと"の証明だと私は捉えている。
また、最後にレイが携えていたオレンジ色のライトセーバーが意味するのは、
今作で遂にフォースにバランスがもたらされ、ライトサイド(善)とダークサイド(悪)が両者ともに滅んだ。もはや単純な二項対立の時代は終わりを告げたのだ。また新たな勢力が生まれるかもしれない。そんな新時代でレイはどちらにも染まらず、第3の道を選ぶことを誓ったのだと思う。
結局第3の道ってなんなの?て話になるし、正直わからない。けど一つ言えるのは、もう物事は善と悪だけでは区別できない時代になっていること。ここに辿り着くまで三世代に渡って戦争が起きたこと、それがスカイウォーカー家の悲劇だったんだ。それは世に出ている様々な物語に触れた皆さんならもう知ってると思う。
そしてこれまでのスカイウォーカーサーガというのは
『A long time ago in the galaxy far, far away...』
の通り、すべて昔話だ。
『スカイウォーカーの夜明け』のスカイウォーカーというのは、私はレイのことなんだと思う。
これ以降レイ・スカイウォーカーは伝説になって、『こうしてレイ・スカイウォーカーは誕生したのだ』みたいに語り継がれるのかな…🤔