「アメリカの歴史を知ること」アイリッシュマン ワンコさんの映画レビュー(感想・評価)
アメリカの歴史を知ること
なんか、さすがだ。200分を超える長尺だが、飽きることなく見ることが出来た。
フランクの目を通して見るアメリカの歴史だ。
フランクはボロボロのトラックで肉を運送していた退役軍人。
アメリカでは、禁酒法の時代、マフィアが、違法アルコールを資金源に勢力を拡大したが、大恐慌、禁酒法の廃止、第二次世界大戦、産業の細分化・近代化、労働者の権利拡大・拡充を経て、その組織は弱体化していく。
1950年前後を境に、アメリカの労働組合活動は大きく変貌を遂げる。
大恐慌、第二次世界大戦による経済的、政治的疲弊を経て、福利厚生も含めて、より組織的で大規模になっていくのだ。
ただ背景には、政府の直接的関与を嫌うアメリカ社会の性格もあり、それは基本的には自主的に選ばれた運営者を頂点とする組織によるものだ。
よく知られた全米自動車労組もそうだし、この映画のトラック運転手労組も例外ではない。
そして、こうした労働者から年金の運用などを目的に集められた資金の権限を利用しようとして権謀術数をめぐらすのがジミー・ホッファーであり、それに群がるのがバッファリーノや各マフィア、そして、手先となって数々の殺しなど裏の仕事を手掛けるのがフランクだ。
不動産取引に高利で融資し、その金利の一部を迂回して懐に入れるようなバックマージンの話は、こうした連中の典型的な資金源になったのだと思う。
映画の物語には、公民権運動を想起させるエピソードの他に、JFKの登場、弟ロバートを中心に、こうした違法行為への断固とした決別を模索するアメリカ社会の取り組み、キューバ危機、JFKの暗殺、ニクソンへの支援、ウォーターゲートビルの盗聴事件のニュースなどが散りばめられ、アメリカの歴史が大きく揺れ動いた様子もよく分かる。
そして、変化を受け入れることの出来ない人々。
その象徴として描かれるフランクによるジミー・ホッファーの暗殺のエピソードは切なさも漂うが、現在のアメリカ社会に向けられた問いかけでもあるのだろう。
また、一方で、娘のペギーが、父の直接的な暴力的違法行為を嫌いながらも、その指示者であるジミー・ホッファーを慕っていたというのも、皮肉で、これも同様に、アメリカ社会に向けられたメッセージなのだ。
皮肉といえば、不正義と闘うケネディ家もアイリッシュだ。
アメリカの歴史を知ることは、僕達の歴史を知ることでもある。
日本の複数の事業者が集まって組織された年金や健保は、天下りの潤沢な受け入れ先だったし、専門外の担当者のもとには、多くの業者が群がり、収賄も横行し、不十分な説明のまま、多くの高リスクな金融商品や、バブルの崩壊で紙切れ同然となった不動産案件などが売りつけられ、損失を被ったのは年金の加入者や受給者だった。
多くの場合、天下りの管理者や、これを放置していた理事会、そして、悪質としか言えない業者が責任を取ったという話はあまり聞かない。
僕は、スコセッシの視点が好きだ。
この映画は、過去の作品と違って、特定の場面に寄ったドラマティックな演出が抑えられている分、ストーリーをじっくり噛みしめさせるような構成になっている気がする。
一定程度以上の思考を要求してるようだ。
スコセッシが、昨今の娯楽映画を、あれは映画ではなくアトラクションのようなものだと言っていたのを思い出す。
SNSの登場で、呟きを思考のフィルターを通さない思いつきと信じている人が増えた気がする。
この映画は、こうした変化に対する皮肉でもあるように感じる。
日本では政府を皮肉るような映画自体が少ないが、たまに、そんな映画があると、ウヨが跳梁跋扈する。
発言や発信の機会が増えたことは良いが、こんなんで我が国は大丈夫かと心配になる。
怯えてないで、日本の映画界も頑張れと言いたい。題材は豊富なはずだ。安倍の祖父なんて掘れば沢山出てくるに違いない。
アメリカの歴史を知ることは、僕達の歴史を知ることでもあり、そして、僕達の今置かれた状況を知ることだ、
この映画を今制作したスコセッシやデニーロに賛辞を惜しまないし、アルパチーノやジョー・ペシも、デニーロと同様良い作品に出続けて欲しい。
また、こうした爆発的な興行成績は残さなくても、将来必ず残る作品に多額だが資金を提供するNetflixは評価に値すると思う。日本にもこんな会社があれば良いのにと思う。多分、やりたい人は製作者や俳優も多いはずだ。
今晩は。
まずは、お礼から。。
有難うございました。
”年金と健保で役員兼任してて・・”
噂では、良く聞きます。(多分、別の件だと思いますが・・)
でも、余り書くと”ペンキ屋さん”に赤く塗装されるので、書きません・・。
怖いなあ、現代日本・・。
素晴らしいレビューですね。
このような深い洞察力のある文章を読ませていただくことは、見るかどうかの判断だけでなく、読むだけで1つの作品を観たような満足感に浸れます。ありがとうございました。
返信ありがとうございます。
このスタッフたちの作品が気にならないのは映画好きではないくらいの物ですね。ストーリーは淡々としていても、そこに意味があれば気になりません。公開されている映画館は少ないですが、足を運びたいと思います。
おはようございます。まあ長いですけど、僕は気になりませんでした。監督、キャストが好きであれば、多少長めでも許せる範囲じゃないかと。どちらかというと、淡々とストーリーを追う感じがダメという人がいる可能性はありますが、それぞれアメリカの歴史には重要なパーツだったりするので、僕は面白かったです。