「音のない世界を音で表現する挑戦も、なんだかやかましい。」ワンダーストラック 天秤座ルネッサンスさんの映画レビュー(感想・評価)
音のない世界を音で表現する挑戦も、なんだかやかましい。
トッド・ヘインズは「キャロル」のような正統派(正統派になるのか?)の作品も手掛ける一方で、常に実験的な作品を撮り続けている人物という印象がある。50年代メロドラマを下敷きにした「エデンより彼方へ」もそうだし、ボブ・ディランの伝記映画「アイム・ノット・ゼア」にしてもまったく普通の伝記映画ではなく、実験映画と呼ぶべき作品だった。そしてこの「ワンダーストラック」もまた、ファンタジー・ドラマである以前に「実験映画」と呼んだ方が相応しい気がする。そしてその方が、トッド・ヘインズの映画らしいという気がする。
聴覚を失った、時代を超えた二人の少年少女のそれぞれの冒険と、二人の人生が交差するドラマが描かれた作品だけれど、その音のない世界をあえて音と音楽とを使って表現したところがこの映画の特徴。サイレント映画へのオマージュも感じるような作り方(「アーティスト」とはまた全く違うアプローチ)に独創性を感じるものの、次第に、その音と音楽が煩く感じられてくる難しさ。無音を表現するための音楽が常になり続け、それがだんだんとやかましくてたまらないのだ。ふと会話のシーンで音が止むと妙に安心する自分に気づく。実験としては面白い試みでも、映画としては少々難ありかという感じ。
ただこの映画の美術と色彩感覚は本当に美しくてうっとりしてしまう。メルヘンとリアルを融合させたブリキのおもちゃ箱をひっくり返したような世界観は秀逸。特に終盤で見せられる、ジオラマを使ったストップモーションアニメの回想シーンが卓越で、なんならあの世界観で1本映画を観たかった気分。いっそこの作品を、ストップモーションアニメで撮れば良かったのではと思うほど。
内容に関しては、時代の違う少年と少女を並行して描いて、あれやこれやと勿体つけたわりに、導かれる結論の凡庸なことこの上なく、実は少女は少年の祖母だった、という結果以上のものが一切得られない。二人の関係性が線でつながることで派生するものがこれと言って無いに等しく、エンドクレジットが始まった瞬間につい「だから何?」と思ってしまった。