聖者の谷
2012年製作/82分/アメリカ・インド合作
原題または英題:Valley of Saints
スタッフ・キャスト
- 監督
- ムーサ・シード
- 製作
- ニコラス・ブラックマン
- 脚本
- ムーサ・シード
- 撮影
- ヨニ・ブルック
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グルザール・バット
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ニーロファル・ハミッド
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アフザル・ソーフィー
2012年製作/82分/アメリカ・インド合作
原題または英題:Valley of Saints
グルザール・バット
ニーロファル・ハミッド
アフザル・ソーフィー
ジャンルは恋愛であるが、テーマは第一に自然破壊、第二にカシミール紛争であり、物語に深みを与えている。結論としては、期待せずに見たがとても良かった(最後まで止めずに見ることができた)。起承転結はあるが、エンタメ作品でよくあるジェットコースター的なスペクタクルはない。シュリーナガルのダル湖を舞台にした一個人周辺の特に三人にフォーカスを当てた日常劇であるが、キリスト教文化県外であり現代的でない古臭さ人間臭さを持つ世界の表現は自分にとって非日常であり最後まで興味深く見させてもらった。5-0.5=4.5とした理由は、この作品は資本主義+キリスト教文化圏+おたく文化の中で育った自分にとって非日常の雰囲気を与えてくれはしたが、なにか勇気や希望といった行動バイアスやカタルシスという感動を与えてくれるほどではなかったからだと思う。そして、知らない外国の非キリスト教文化圏の映画を見たくなった。
表現手法について。ダル湖をボートで行き来する時等の水の音が心地よい。時折クローズされる商店街の喧騒や夜の犬の合唱が没入感とリアリティを与えている(吹き替え映画やアニメではノイズをリアルに強調して入れるのが難しい。対してこちらは実際の音をそのまま強調して使っている。)。画面がフォーカスされる絵が、湖面に反射する登場人物であったり、家の窓から捨てる場面だったり、人物を遠写して風景を際立たせ絵画的に見せた場面があったり見ていて飽きない。
見ていてストレス(現代社会に特有の人間関係でよくありがちなギスギスしたオモテウラを使い分ける感じの煩わしいそれ。ルッキズムによる男と女のアピールのはりあいも含む)を感じることがない純朴な人間臭さを見ていて癒やされる思いがした(グルザールとアフザルは男同士で中が良い。この作品を日本で描写した場合、BLを意図して描写しエンタメ化している可能性を感じ、そのような意図が無いであろうことが見ていて気持ちを楽にさせてくれる。カップリングやエロスのエンタメ化は自分は自分の欲望を充足させるために使っているものではあるのだが、それが無い純朴を表現できるのはそのような舞台があって初めてなりたつものなのだと思い知らされたし、そのような表現を見ていて自分が欲望に振り回されず映画を見ているのだと気づいた時、心が軽いなとも感じた)。三人の人間関係にうねりはあるのだが、各自の一手一手に嘘がない。これが日本だと表面上はとりつくっていただろうと思う場面がある。自分の感情を率直に表現しあっているのが良い。
印象に残った場面としては、ダル湖の由来として語られるカシヤプ・リシ聖者伝説(昔カシミールは水底であり人々は山に住み船で移動していた。人食いの魔物を水中からあぶり出すためにカシヤプは水辺で祈り、山が割れ水がその割れ目に入り水位が下がり出てきた魔物を人々が退治)がある。他にも、グリザールがアシファを喜ばせるために水上ボートで移動する道すがら、蓮の葉の葉面の上で水玉を転がす遊びをやって見せて葉を与えるシーン。そしてボートを使った行商の場面だ。あともう一つ、はお墓のシーンが短かったが、日本とあまり変わらないように感じられた点だ。
その他として、現代社会の義務教育を受けた者ならば科学技術や土木技術が十分に社会基盤に行き渡っていない国に対して異世界転生作品のような技術伝授を個人レベルで貢献できるであろうことを再認識した(時々日本人がアフリカで井戸をほったり等して活躍しているのを見るが、異世界転生系の俺つえーと絡めて考えたのは今回が初めて)
最後に、今回、エンタメ感の無い、自分が普段接しない遠い世界を映画を通じて楽しむ事ができた実感があり、嬉しい思いがした。