「引き裂かれた獣」スプリット 浮遊きびなごさんの映画レビュー(感想・評価)
引き裂かれた獣
『ヴィジット』のヒットも記憶に新しい
M・ナイト・シャマラン監督の最新作は、
多重人格の男に監禁された3人の少女の
脱出劇を描くサスペンススリラー。
多重人格は現在では解離性同一性障害
(DID:Dissociative Identity Disorder)
と呼ぶそうな。映画に登場するケビンは
23人格を有するという設定だったが、
そういや『23人のビリー・ミリガン』なんて
ノンフィクション小説ありましたね昔。
(てかこの本のあらすじ読んだ限りは
完全にこれが元ネタに思えるのだけど)
* * *
ケビンに監禁された主人公ケイシーら3人、
ケビンを担当する精神科医、そしてケイシーの
過去を自在に行き来しながら語られる物語は、
いつものシャマラン監督作と同じく抑制が効いた
語り口なので、心臓バクバクもののスリラーを
期待されていた方には刺激が足りないかも。
だがそれでもサスペンスとミステリ(と微かな
ユーモア)に満ちているし、観客をビクッと
飛び上がらせる為だけの無駄な恐怖演出もない。
なにより先を読ませない程度に登場人物の過去を
語りつつ、その過去が現在の登場人物らの行動・
結果に作用していることを理解させる構成が見事。
どうしてケイシーは人と距離を置こうとするのか?
どうしてケビンの心は引き裂かれてしまったのか?
ケイシーとケビンの過去が緩やかにリンクするラストは、
人殺しの怪物が逃げおおせてしまう結末でありながら、
どことなく優しく物悲しい。
銃弾でさえ殺せない“獣”を鎮めたのは同情だった。
怪物ではあれ、その基の部分には人の心があった。
* * *
ケビン・ウェンデル・クラムが自分の中に幾つもの人格を
生み出したのは、母から傷付けられるのが怖かったから。
フルネームを呼ぶと主人格ケビンが強制的に目覚めるのは、
母が幼少の彼を虐待する際にフルネームで呼んでいたから。
車両基地で“獣”が目覚める理由は、父が去った場所だから。
“獣”が弱い自分を守ってくれる最も力強い存在として
誕生したのなら、“獣”はケビンが傍にいてほしい
と願った父の姿を模していたのだろうか。
(父が“去った”とは自死を指す? 明確に語られては
いなかったと思うので違うのかもだけど)
可哀想なDr.フレッチャー。
彼女はケビンを理解し信じようとしていたが、
母が幼児に愛情を注ぐが如く親身になり過ぎていたし、
超常的な“獣”についても信じ切れなかったのだろう。
彼女はこんなことを語っていた。
心に傷を負っているから他より劣っているとは限らない。
最も傷付いたものこそ最も進化したものかもしれない、と。
彼女の言葉を“獣”もまた自分なりに咀嚼していた。
失意のものはより進化したものである。
痛みを知るもの、汚されたものこそ、その心には汚れがない。
他者に害を為す以上、“獣”は裁かれるべき存在だが、
元を辿れば“獣”も被害者であり、単純な善悪で彼を括るのは難しい。
“獣”を生んだ別の“獣”から正さねば、根本的な解決にはならない。
心に汚れがないと認められ、助かったケイシー。
父の狩りの教えを思い出し、“獣”に立ち向かったケイシー。
彼女はもっと薄汚いあの“獣”に今度こそ立ち向かえるのだろうか。
最後のあの毅然とした眼は、彼女がその決意を固めたことを
意味するのだろうか。そうであってほしいと願う。
* * *
で、シャマラン監督作では毎回のように語られる『衝撃のラスト』だが――
「え、なんでブルース・ウィリス?」
「え、Mr.ガラスって誰?」と思った人。
先生怒らないから手を上げなさい。(誰が先生だ)
もうね、
シャマラン監督作品をあまり観たことが無い方には
残念ながら今回のラストは「???」だと思いますけどね、
監督のファンにとって今回はかなり嬉しいサプライズ。
なんと同監督作『アンブレイカブル』と本作が
同じ世界観の物語だったというね。
シャマラン監督を一躍有名にしたのは『シックス・センス』だが、
ごく個人的な話、僕は彼の『アンブレイカブル』が、
彼の作品中でも一番好きなんである。家族のドラマとしても、
善悪の概念や力を持つことの責任を考えさせるラストも。
監督の次回作は『アンブレイカブル』の正当続編『GLASS』?!
Mr.ガラス出るの! うひょう! 今からスゲー楽しみです!!
……あれ……もしかして盛り上がってるの自分だけ……
<2017.05.12鑑賞>
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余談:
ケイシー役アニヤ・テイラー=ジョイは、2015年制作の
映画『ウィッチ』での主演が好評を呼んだ新鋭。
過去に打ちのめされ、感情表現が抑制されている感じが見事。
次回作が楽しみ。てか、前々から海外予告で期待してた
この『ウィッチ』が、日本でも今年7月公開予定。早よ観たい。