三度目の殺人のレビュー・感想・評価
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煮えきらなさはあるが、演技や展開に惹きつけられる
映画の趣旨は「人が人を裁けるのか」とのこと(インタビューより)
”取材期間で感じたのは、「非常に不完全な人たちが集まって司法を担っているわけですが、判決は絶対的なものが出るという根本的な怖さ」について。それだけに、「それを知らないうちに許容している私たちに対して、ちょっとゾッとする感じを残したいなと思ったんです」と明かす。”
”「弁護士さんたちから『法廷は別に真実を究明する場所ではないですし、私たちには真実は分かりませんから』という話が出てきたとき、『じゃあ何をする場所なんですか?』と聞いたら、『利害調整をする場所です』と。もちろん、彼らが民事を中心に仕事をされておられる方々だったから、余計にそういう認識の仕方をしていったんでしょうね。刑事事件の場合、都合が悪ければ被告には黙秘権があるわけですから、話さなくてもいいという前提で論戦するわけで、それは明らかに真実を究明しようとはしていない。ああ、なるほどと思いました。ただ一般的に当事者であれば、真実を明らかにしてほしいですよね。日本の場合は特に。だけど、それは人が人に対して期待するにしては、ちょっと荷が重いんじゃないかなって感じもするんですよ。それもあって、真実が分からないまま主人公が投げ出される感じを描こうかなと考えました」”
真実は追求されず、利害調整で集結する。
このもやもや感が、エンドロールが始まると「え、これで終わっちゃうの?」と拍子抜けさせられる原因か。
しかし、監督が描きたかったのはそこなのだ。
司法の世界において、本当はどうだったかなんて関係ない。
その気味悪さ、不気味さ。
子供が救われないのが辛い。
自分で決める。自分が決める。嘘ばかりで優しくない世の中だから。
冒頭で流れたピアノとチェロ。メロディーが「最強のふたり」的だなと頭の片隅で気になってた。エンドロールでEinaudiの名前を見つけて同じ作曲家だとわかった。と、すっきりしたのは音楽だけだった。 内容はすっきりする結末ではなかった。もやもや感で終わった。すごく重かった。あのピアノのメロディーのように繰り返す流れに身を任せるしかない映画だった。ひたすら画面を追って三隅と重盛の会話をただ見たまま聞いたままを受け入れるしかない。でも意外に不快でなくそれが生きることのようにも思った。逆らわない、自分自分と思わない、流れる、サラサラと漂う。悪いことをしながら生きてる人、誰かが生きてるがゆえに苦しまざるを得ない人、見て見ぬ振りをする人、生死に関わることをスケジュールとして消化していく人がいる。理不尽なこの世。 「裁判官はすごいなあ。今、自分でそれができるかも知れない」 役所広司はこの映画でも素晴らしい。「孤狼の血」では楽しそうに演じていたが、この映画は大変だったろう。でもそれを感じさせない。プロの役者だから当たり前か、でも凄い。
馬鹿「なんで弁護士は悪い人を庇うの?」
映画館では2017年9月11日地元のイオンシネマで鑑賞 それ以来二度目の鑑賞 決して駄作ではないしむしろどちらかといえば良作で間違いないが何度も観たくなる作品ではない 原作未読 是枝監督に豪華な俳優陣 是枝作品に役所広司初出演 映画賞も獲得した話題作 映画comもプッシュするだけはある 福山雅治役所広司初共演に被害者の妻に斉藤由貴で映画館で観ることに決めた おまけに広瀬すずだし ユーモアはほぼ皆無 内容が内容だけに全体に話が重い 死体を焼いた殺人事件だがグロい要素はない 全体的に見応えはある 社会派是枝監督らしい知的な人間ドラマだ 是枝作品が大好きな人にオススメ 日本映画になんの感慨も無い人には向いていないし眠くなるのも無理はない 担当する被告の死刑を回避することを目指し弁護士が犯行動機を探る話 とにかく被告の証言がコロコロ変わる 主人公の弁護士の娘役に『朝が来る』の蒔田彩珠 万引きを犯し父に助けてもらうもファミレスで太々しい態度を見せる若いわりにかなりの実力者 チョイ役だが印象深い存在感を示すくらい細部にも是枝監督の拘りを感じた 是枝作品のせいか吉田鋼太郎にしてはかなり抑えめの演技だ 「同じ船に乗っている」というセリフは印象的 検察官を演じた市川実日子 セリフで弁護士批判を面と向かってやっているが法学部を出た公務員が今更10代しゃべり場のような青臭い発言をするとは思えない 弁護士と検察官というインテリ同士であんな5ちゃんねるレベルの幼稚なやりとりはありえない 是枝監督の思想を代弁させているとしたらがっかり 雪合戦して3人が大の字になるシーンは好き 三度目の殺人とは死刑制度のことか 最後に接見室で福山雅治と役所広司が重なる演出は謎
評価の仕方がよくわからない
おもしろい、おもしろくないでは評価しずらい作品。 最後までじっくり観ることのできる作品で、映画にひき込まれたが、もう観ることはないだろう。 星もどうつけていいのかわからないから、3というだけ。 5でもあるし1でもあるというか… んー…つまらなかったのかもしれない。 おもしろく感じたらおもしろいとはっきり言えるから。 自分には合わない作品でした。 結末、真実は観てる方にお任せします的な作品は映画でも小説でも漫画でもアニメでも私は好きではない。 真実を明かされたとき、そういうことだったのか…と、ハッとしたい。 真実がわからずモヤモヤした弁護士の気持ちを観客に感じてほしいなら、真実を明かした上で脚本と役者の演技で観せてほしかった。 映画を少々観てるくらいの初心者には難しかったな…
役所さん良かった。
話のスジが良くできてると思った。
正義感が強過ぎ不条理が許せない男。
自分の娘から避けられて他人の娘と自分の娘を重ね、その子の為に殺人を犯す。
その人を弁護する男は自分の娘をもて余している。
後は法廷内での裁判官や検察とのやり取りなどの不条理。
なにが正義で何が悪か裁判は誰の為にするのか…。
そして観終わった後思う、なんで三人目ではなく三度目なのか…。良く考えてあるっす。
後は面会シーンでの写り込みを利用した二人のやり取りは緊迫感があり良かった。
やっぱり役所さんうまいっすね~、殺人鬼にも神父さんにもみえる。
それと吉田鋼太郎も絶妙~。
全体的には面白かったけど一回観ればええかな~。
タイプキャスト
法廷劇にして煮え切らぬ様を貴重と面白がる程ではない一本。 ならば「羅生門」を。 好演役者陣が想定内の儲け役無きタイプキャスト(特に広瀬すず )な辺りに是枝裕和のこのテーマで書き撮るだけの動機の不充分が見える。
これが社会なんだろう
大人たちのエゴって感じで鬱々とした。
自分を守るために、
自分を救ってくれた人が命を落とす、
そして真実を明らかにすることはできず、
自分だけで孤独と共に抱えていかないといけない、
死ぬほど憎んでたくそみたいな人間が
良い人間として語り継がれる、最悪だよ。
誰もちゃんと人の話を聞かない、聞こうとしない、
真実を見ようとしない。
三度目の殺人で殺されたのが
広瀬すずなんだと思えばまあ、
回収はされてるのか、と思うけど、
恐らくこの映画の観点はそこじゃないんだろうな。
あれだけ冷めてた福山が
いきなり感情的になるのもすごい気持ち悪いし怖い。
娘と同世代の女の子が親からレイプされてた、
その程度であんなに気持ち揺さぶられて
感情論ぶちまけさせるなら、
そこまでの合理主義・理論派的な描き方は
もっと薄くしたほうが良かった。
あまりに短絡的で情緒的すぎた。
それらも含めて、これこそが、
救いのない現実の社会だ、法の社会だ、
と言われればそうなんだろうけど。
子供たちのサインを平気で見落とす
くそな大人たちを見させられて胸糞悪かったな。
眠たくなってきちゃった
最近は役者連鎖形式(?)で過去作を見ています。 「来る」妻夫木聡→「ザ・マジックアワー」妻夫木聡→「1度死んでみた」妻夫木聡,広瀬すず→「三度目の殺人」広瀬すずという感じに。 こういった風に見る映画を選ぶの、オススメです。 さて、賛否両論の今作どうかな...? んー、微妙だなぁ。。。 役者はいいしストーリーはいいのだが、テンポが非常に悪く前半は特に退屈した。 勝つことにこだわる弁護士の重盛(福山雅治)は、河川敷で元々勤めていた会社の社長を殺害し放火したとして捕まった三隅(役所広司)を、仕方なく弁護することとなった。 終始緊迫感はあり音楽もよかった。 流石、是枝裕和監督といったところ。 ハマる人にはハマるだろうな、この人の作風 役所広司の静かな口調に圧倒される。 正直、大声を出して悪を働く役所広司の方が好きなのだが、今回のような役も悪くなかった。 ただ、先程も言ったようにすんごいテンポが悪い。 いきなり始まっていきなり終わる。是枝流なのだが、個人的には気に食わない。万引き家族は面白かったが、今回はなぁ...法廷映画ってこともあってもっとしっかりして欲しかった。 ミステリー要素があると思ったのが間違いだったのか、ただひたらすら同じシーンが続くので退屈でこれといった衝撃もなくあっけなく終わってしまった。 人物背景の描きが薄く、感情移入も出来ぬまま。 後は自分で考えてください形式は嫌いじゃないんだけど、あまりにも考えさせ過ぎなきがする。 んー、この監督苦手かもなぁ。 他の作品も見てみることにします
タイトルなし
役所広司の掴みどころのない、発言も二転三転する演技は凄い。冷たいエリート弁護士役は福山雅治に合ってる。一体誰が殺したのか、ラストは謎のまま終わるが、人が人を裁いていいのか?経済合理性のまま進められる日本の裁判制度に疑問を呈している。
広瀬ずずさんがブスに見える凄さ
終始、不思議でした。
なぜ、あの広瀬ずずさんがブスに見えるのか。薄幸の美少女なんて簡単な事は、彼女はしない。凄い演技です。是枝さんが凄いのかな。
役所広司さんの空っぽも、広瀬ずずさんのブスさも、福山さんの任されたパパ感も、丸ごととっても良かったです。
あと、満島真之介さんの、あの感じもすごく、良かったです。必要な役割を過不足なく演じていたと思います!
何が嘘で何が本当か、裁判官・弁護士体験ができ、そして裁く裁かれるを考え込ませられる。
映画を見ながら、一つ一つの出来事の事実確認の作業が、弁護士や裁判官の様に、させられる、推理司法映画?として見事なつくり。殴打により被告が殺したのも財布がガソリンに濡れていたのも、映像があり事実。実父によるレイプも、母親による示唆あり本当と判断可能。被告と被害者娘に心の交流があったのも、写真があり事実。 ただ、足が悪い理由は不明。そして、本当だとすると美しい話だと話す、役所演ずる被告人。何故、証言を変えたのか?広瀬すずこと被害者娘を傷つけないためと思っていたのだが。福山演ずる弁護士と同様、見ているこちらも、被告人の本当の気持ちがわからなくなり、混乱させられる。今も尚、分からない幾つかの謎。真実は、こちらの見方を反映する、空っぽの器の様なもの? そしてさらに、生まれてくる価値さえない人間がいる、いない。そして、裁かれるものと裁くものを分け隔てる正当性への疑問や懐疑が、ベースに流れている様だが、十分に解釈できずいる。 被告は鳥も人間をも裁く人間になりたかった様だが、その結果は死刑。それを決める裁判官にとっては、沢山の処理業務の1つで、その大きな差は何か?またどこに、監督の軸足があるのか?解けない謎が残った状態で、もどかしい部分もある。 考え込み変化する福山の心情を写し込む映像美。内に秘めた強い意志を感じさせる広瀬すずの眼差し、視聴者を揺さぶる根源的な幾つかの問いかけは、十二分に魅力的ではあったのだが。
法廷で、真実を話す人はいない
ストーリーも含め、是枝監督が練りに練り上げて提示した、真にすごい映画ですが、賛否が激しく二分するのだろうなとも感じました。 たとえば無言のシーン。 テレビだと「放送事故」なんて言って忌み嫌われるものですが、この映画の白眉こそ、これでもかと多用される無言のシーンなのです。 物語を真に紡ぐのは言葉ではなく、無言である。その監督の強い意志を、二人の名優がこれでもかと絵にしてくれています。 二人の心理の揺れ動くさま、ほんとうに楽しめました。 また裁判についても、実際にそれを手がけたことがある人だけが知る、これぞリアルな日本の裁判だと納得するものに仕上がっていました。 リアルだけど、決しておちゃらけることはない。この描き方は、キモの坐った人でないとできないものだと感心しました。 ドラマで見る裁判は、あんなの裁判でも何でもなく、単なる裁判劇に過ぎないでしょ、クソ喰らえ! というシニカルな思いなのかも知れません。 「法廷で、真実を話す人はいない」。 奥の深い映画で、ほんとうに楽しめました。
三隅の三度目の殺人とは何を指すのか?
劇中、生まれてきていい人間、生まれてきてよくない人間という仕分けの話が出てきました。
他人に対する自分の価値を気にするのではなく、
ただ生を受けたことに感謝する謙虚な気持ちになれればいいのでしょうけど、
どうしても役に立つ人間でありたいと欲が出てしまうんですよね。
たから、死刑判決後に重盛との接見の場で三隅が語った言葉
「私は生まれてこなくていい人間だった。だから人の役に立つことをしたかった」云々、
これがあたしの身につまされました。
さて。
「三度目の殺人」というタイトルが気になりました。
一度目は30年前、二度目は劇中の裁判案件。では三度目は?
始めは三隅が死刑として裁かれることが三度目かと思いました。
しかし、一つ目二つ目の殺人を行ったのは三隅であることに対し、
三つ目の殺人を行うのは司法であるため、
この解釈だと「三件の殺人」になりそうです。
では、三件すべての殺人の主語を三隅とするならば、
最後の殺人は自らを殺す(状況に持っていく)ことを指すのでしょうか。
器
あの人は器が大きいだとか、小さいだとか、よく耳にする言葉ですが、本作の中では“器"がキーワードであると思います。 誰かのレビューに、役所広司さん演じる容疑者の三隅そのものが“器"なんだと書かれていました。 私もそう思いました。 三隅は自分自身は生まれてくるべき人間ではない。生きていても傷つけるだけだ。というようなことを劇中で言っています。 一体彼の過去、生い立ちにどんな事があったのか。これがとても気になりました。 作品の中で描かれる、裁判に関わる人間達は、裁判官、弁護士、検事。どの立場にいる人も事務的で、己の評価、己の都合で仕事をしているかのように描かれていました。もしも、これが真実であるならば、私はこの国で絶対に裁かれたり、あるいは裁かなければいけない人間と関わるのも嫌だ。と思いました。 法というものがありながら、結局は人間という大したわけでもない生き物が人の生き死にを裁くなんて、よく考えればアホらしくも思えてきました。。。まぁ、無くなってしまうと大変なんですけどね。 福山さんは相変わらずカッコ良かったけれど、役所さんと絡んでしまうと、やはり飲み込まれてしまいますね。どちらも大好きな方々なので、演技に見惚れてしまいました。広瀬すずちゃんもただの可愛い女性では無いなと、初めて演技を見て思いました。今後が楽しみな女優さんです。 簡単な話ではない映画でしたが、見ているうちに心を持っていかれてしまうくらい魅力的な話でした。
なぜ「三度目」なのか?
・他人ごとじゃない法廷ドラマ ・日常のなかで「君って◯◯だよね」って言われて、一理あるけどちょっとずれてるなと違和感を感じるときがある ・それは人が自分のことを正確に見れていないじゃんって感じるから ・要するに人は、それぞれなりの視点で他人を推測している。 ・ときにはこうあってほしいという願望もある。 ・それでいておのおのは自分のことをあけっぴろげに話すことはない。よっぽどじゃないと答えを出さない。 ・だから誰も他人の本当の姿を捉えることはできない。 ・できないがこれが一番近いであろう答えを出すだけ。 ・人間関係にはそういうあやふやさが大前提としてある (親子であっても、踏み入れられない領域がある) ・司法の場ではそれでも白黒つけたり数値化して結論を出そうとするから、妙なことになる。 ・かえって人間の捉えきれなさがあらわになる。 ・他人に対する疑いを晴らすためには、 自分の価値観や時間やすべてを投げうって相手に寄り添って相手を知らないといけない。 ・実際はそれぞれ自分の生活もあるし、損得感情もあるし、相手の本当の姿を知り尽くすことは現実的には不可能。 ・それでもなぜ人は他人が気がかりなのだろう。 ・被告人のキャラクターは、空っぽの器と表現された ・被告は自分の主体性よりも、相手の意向を優先した生き方。 ・そして、理不尽に反抗し続けた人生だったのではないか。 ・自分が法律的に死刑を免れ生き残ることが、彼にとってはそれもまた理不尽だったのではないか ・つまり、理不尽に反抗するために自分を殺したのではないか? ・それでも自分は生まれてきてよかったと思いたかったのではないか? ・そこが強烈な動機だと思う。 ・殺人が誰かの役に立つ状況がある。「あの人の役に立ちたい。」だから、彼にとって殺さないではいられない状況になる。 ・被告は純粋に「誰かの役に立ちたい」と思ってただけかも。 そして「役に立たないとだめだ」とも思っていた。 ・自分の無価値観に苛まれると人は、自分を肯定するために、どんなことでもしてしまう。それがたとえ殺人でも。 ・それは誰にでも起こりうる。 ・これでもかというほど、人の心を見つめた映画。 ・答えがないことが答えのような映画。 ・とにかく観終わったら、ほかの観た人と話がしたくなる良作。
役所広司の存在感が重い
弁護士の福山雅治と殺人者の役所広司
一度目の殺人 若い頃、殺人を犯す。
その後工場で真面目に働く。
二度目の殺人 親しくしていた娘に対し性的虐待をしていた社長を殴り焼き殺す
この裁判において福山弁護士と対峙する
最初は解雇された社長に対する恨みで殺したと白状
しかし、裁判の最後になって急に自分はやっていないと主張し始める
それは社長から性的虐待を受けていた娘がその事実を法廷で話さなければならなくなったことを防ぐためだった
三度目の殺人 犯罪を否定することで情状酌量の余地やその他の議論がなくなり自らを殺す
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