怪物はささやく : 映画評論・批評
2017年6月6日更新
2017年6月9日よりTOHOシネマズみゆき座ほかにてロードショー
母に迫る死の影に葛藤する少年の心と、物語の力を描く叙情のダークファンタジー
大人と子供の狭間にいる13歳の少年コナーは、悪夢を見ている。目覚めても悪夢は終わらない。八方ふさがりの窮地にいるからだ。最愛のママはガンに冒され、日に日に弱っている。パパは外国で新しい家庭を築いているし、おばあちゃんとは反りが合わず、どうしても好きになれない。学校では浮いた存在で、いじめっ子の標的。そんなコナーの心に宿った闇は、12時7分になると現れる、巨木の怪物を生み出していた。怪物はコナーに、3つの物語を聞かせるから、4つめはお前が真実を語れ、と迫ってくる。その真実とは?
ゴシックホラー調のダークファンタジーに叙情を乗せて「永遠のこどもたち」を撮ったJ・A・バヨナが、「パンズ・ラビリンス」のプロデューサーらと送り出す本作だが、グロテスクな描写はほとんどない。いたいけな少年にとっての過酷な現実、怪物との交流、そして怪物が語る物語世界を行き来する映画が見せるのは、ママの快復を必死で信じ、願いながらも葛藤する、少年の心そのものなのだ。とくに、寓意に満ちた物語世界を映し出す水彩アニメーションは秀逸! 物語はコナーに、善悪では割り切れない人間の本質、真実の意外な姿を悟らせる。
学校の部分で原作に描かれた重要な登場人物を1人端折っているため、コナーの現実と第3の物語が描ききれなかったのは少々もったいない。しかし、映像が原作以上に豊かな表現を果たしているイメージの素晴らしさは実に印象的。たとえば鉛筆の描線、窓枠、ゾーエトロープ、「キングコング」(33年版)……。“物語”につながるイメージだ。そう、「テラビシアにかける橋」や「ビッグ・フィッシュ」と同じように、この映画は物語が人に与えうる力の大きさを雄弁に語ってくれるのだ。想像力が生み出す物語はときに現実を活写し、現実からの逃げ道を与え、真実と対峙し乗り越え、現実を生き抜く力をもたらすことだってできる。信じることさえできたなら。
そしてこの映画を傑作へと押し上げているもう1つの要素が、原作にはない、より叙情的なエンディングだ。母から息子への愛情に包まれた意外な真実が、温かい余韻を約束してくれる。
(若林ゆり)