ビニー 信じる男 : 映画評論・批評
2017年7月11日更新
2017年7月21日よりTOHOシネマズシャンテほかにてロードショー
命がけの再起を描く、新たなボクシング映画の秀作誕生。
ボクシング映画はしばしば再起をかける人間を描く。「ロッキー」しかり、昨年公開の「サウスポー」しかり。往々にして、人生は複雑で、様々なしがらみがあり、プロのボクシングの世界も様々な思惑が渦巻くショービジネスの世界である。しかし、四角いリングの上ではシンプルだ。強い奴が勝つ。肉体だけではなく、精神的にも強い奴が。リング外の世界は様々なしがらみもあり単純ではないが、リングの上での強さはすべてをひっくり返す。ボクシング映画の爽快さはここにあると思う。
「ビニー 信じる男」もまた、ボクサーの再起を物語の中心に据えている。しかし、既存のボクシング映画との決定的な違いは、この映画の主人公、ビニー・パジェンサは首の骨折という、重度の肉体的損傷からカムバックを果たすという点だろう。医者からは歩くこともできないかもしれない、と宣告された状態から再びリングを目指す。リングの外のしがらみどころの話ではなく、肉体的に二度とボクシングのできない身体になりかけたところからの復活劇である。しかも実話。事実は小説より奇なりとはよく言ったものだ。
ギャンブル好きのお調子者、真っ向から殴り合うファイティングスタイル、試合も人生もギャンブルであるかのように振る舞うビニー。だが、命をかけた再起は彼がギャンブラーであるからなのか。そうとも言えるし、そうでないとも言える。ただひとつ確かなことは、ボクシングのない人生はビニーにとって生きることに値しないものであるということだ。だからこそ、彼は命を代償に復活のチャンスをつかむことを選ぶ。家族もトレーナーもメディアも彼の選手生命は断たれたと思うなか、ただひとり、自分だけが再起の可能性にかける。
ボクシング映画の醍醐味でもある役者の肉体改造に挑むのは「セッション」のマイルズ・テラー。あの気弱そうな青年が、内心の強さはそのままに獣のような目つきと筋骨隆々の肉体で奇跡のカムバックを果たすビニー・パジェンサを演じる。彼を導くトレーナーのケビンを演じるアーロン・エッカートも見事な変貌ぶりだ。
人生には多くの選択肢があるはずだ。他に合理的な選択があったとしても、ビニーにとっては再起のリスクに挑むことこそが「生き様」であり人生なのである。ひどく単純であるが、だからこそ力強く観る者の胸をうつ。生きるとはどういうことか。その答えがこの映画にはある。
(杉本穂高)