劇場公開日 2017年4月7日

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「期待通りと期待外れが半々」ゴースト・イン・ザ・シェル アラカンさんの映画レビュー(感想・評価)

3.5期待通りと期待外れが半々

2017年4月8日
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鑑賞方法:映画館

楽しい

興奮

2D 字幕版を鑑賞。原作コミックは 28 年も前で,アニメ映画も 22 年も前の作品をわざわざハリウッドが実写化リメイクし,しかも主演がスカーレット・ヨハンソンで,日本からは主要人物の荒巻役でたけしが共演するというので,期待と不安が半々だったが,そのどっちもが思った通りといった内容だった。

現在では「攻殻機動隊」という名前の方が知られているが,原作者が考えた最初の題名はこの「ゴースト・イン・ザ・シェル」だったらしい。Shell は殻という意味で,人工物で作られた身体機能の代替品のことを指し,Ghost は,Mind つまり人の心を意味している。人間の脳を移植した機械という設定で,心を持った機械といった意味である。人工物と人間の合成という設定なので,サイボーグという名前の方が日本人には馴染みがあるような気がする。

言葉の定義をまず明確にしておくと,ロボットとアンドロイドは,サイボーグと違って完全に全身が人工物で作られているものを言い,ロボットの中で,人間と見分けがつかないものを特にアンドロイドという。人体機能の一部を人工化したものをサイボーグと定義するなら,歯をインプラントにしている人や,心臓のペースメーカーを体内に埋め込んでいる人は,広義の意味でサイボーグに分類されることになるので,サイボーグはすでに現実化し始めているといって良いが,この話に出てくるような,脳以外を全て人工物にする方法などはまだ実現されておらず,仮にもしできたとしても,現時点の機械制御技術では,立って歩くのがやっとといった程度であり,戦闘などしてしまうとあっという間に倒されて,立ち上がるのも容易ではないというレベルなので,人間より弱くなってしまうからやめておいた方が良い。

原作コミックが登場した時点では,ブレードランナーやターミネーターは既に公開されていたが,マトリックスの公開までには 10 年もの時があったので,この作品を実写映画化するなら,その前にすべきだったのではないかという気がしてならなかった。今や,仮想現実や機械と人間の融合や戦闘という話は溢れかえっていて,かなり既視感のあるシーンが続くことになってしまうからである。だが,この映画は,押井監督によるアニメ映画のシーンを非常によくリスペクトしてあると思った。多脚戦車の動きなどは,CG でやるとこうなるのかと目からウロコが落ちるほどであった。脚本も,かなり愚直に原作をなぞっていた。むしろ多少改変した方が印象が良くなったのではないかと思うほどだったが,その辺は期待通りの部分であった。

期待外れだったのは,まず支那資本がかなり入ったためか,街の風景が全く日本らしさを失っていたところである。カタカナの看板などが見えるので日本だろうとは思うのだが,街の乱雑さや押し付けがましい原色の看板や,無意味に巨大な広告やホログラフィなどが,どう見ても現在の香港や上海などの支那の未来の風景にしか思えず,原作の趣を損なって余りあるものがあった。また,肝心なたけし演じる荒巻であるが,原作の活動的で聡明な印象とはかなりかけ離れており,たけし映画によく出てくるヤクザの親分にしか見えなかったのは残念だった。たけしは英語ができないからと出演オファーを断ったらしいのだが,日本語でもいいからという監督のたっての希望で日本語での出演ということになったのだそうである。そこまでしてたけしにこだわる理由が今ひとつ分からなかった。日本語なので,たけしの台詞のあるところには英語字幕が付くのだが,それを見なければ分からないほど,何を喋っているのか不明瞭だった。たけし色を出すなら,いっそ「狐狩るのに猫よこしてどうすんだ」というキメ台詞の後に,「バカヤロー!」くらいつけて欲しかった。:-p

役者では,バトー役がかなり良かったが,他は本当に頭数という扱いに過ぎず,台詞もない役がいたのは残念だった。主人公以外の人物の描写は全くといっていいほどなされておらず,また肝心な電脳戦もほとんどが台詞だけというのは物足りなかった。一方,主人公の身体機能の一つに光学迷彩(不可視化)があり,それを機能させるために素っ裸になる必要があるのだが,相撲のコントで使う肉襦袢の薄いやつを着ているように見えてしまったのには,かなり問題があると思った。どうせ CG でやっているのだから,もうちょっとタイトなシルエットにすればいいのにと思うのだが,何か主演女優からクレームでも出たのだろうか?桃井かおりはかなり英語を頑張っていたように思ったが,さらにもう一歩ネイティブに近づける努力をして欲しかった。ただ,英語を喋っていても桃井かおり風だったのにはちょっと笑った。:-D

音楽は,かなり雑多な印象だった。クラシカルな部分があったかと思うと全くポップス系の音楽に染められたりして,統一感を欠いていた。エンドロールで突然ブルガリア民謡風になったのは,アニメ映画へのリスペクトだったのだろうか?監督の原作への思い入れは十分感じられたが,原作の持っている哲学性のようなものは一切感じられず,ただひたすら画面が暗かったという印象であった。原作を知らない人が見た場合,どれほど楽しめるのかはちょっと疑問であるし,原作を知っている人が見た場合も,やはり物足りないのではないかという気がした。
(映像5+脚本3+役者3+音楽3+演出4)= 72 点。

アラ古希