菊とギロチンのレビュー・感想・評価
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可笑しな権力と放縦な無力
体制を破壊することを夢見る無政府主義者組織「ギロチン社」のメンバーも、女相撲興行で生きる人々も、社会の周縁に位置する。だから、彼ら彼女らには、何か惹きつけ合う力が働くのだ。
一方、彼らを取り締まる当局の側は、滑稽なほどの硬直さと紋切型の姿勢を見せる。関東大震災後の朝鮮人虐殺から命からがら逃げ延びた体験を持つ十勝川が、自警団に殺されそうになった中濱を助けるため、屈辱を忍んで「天皇陛下万歳!」を叫ぶシーンがある。すると、在郷軍人や自警団たちも「天皇陛下万歳!」をやり始めるのだ。ニキータ・ミハルコフ監督『太陽に灼かれて』で、コトフ大佐を暴行する秘密警察が、巨大なスターリンの肖像を吊るした気球を見て「スターリン同志!」と敬礼するシーンがある。イデオロギーに励起される「自動機械」なのだ。
また、女相撲の旅興行の地で、当局の人間がやって来て言う文句は「風紀紊乱があれば、即刻中止を命ずる」の馬鹿のひとつ覚え。デタラメな無政府主義者と権力の自動機械と化した当局。そして「見世物」になりながらも女相撲に生きる力士たち。
滑稽な権力につぶされるギロチン社と女相撲一座「玉岩興行」。その瓦解が輝いて見えるのは当然だ。
題材は良かったはずなんだが、、でもやっぱり面白かった!
2回書きました。途中の、下記↓ 以下は、深夜の、鑑賞直後のもの。大体の映画は好きでほめるんだけど、これはみてるあいだからちょっとイライラしてきてつまらないことはない、けどツッコミどころ満載で酷評してしまいました。
そのあと、
シビアな状況のドキュメンタリーや沖縄の映像作家写真家さんなどの作品を見たりして、見ながら、菊とギロチンのことを思い起こしたら、そんなに悪く書くことなかったかな、と反省。人物像はクソな人(男)が多いが映画として、瀬々監督の周りに素晴らしい映画人が集まり、意識高い方々が当時の異常な時代、戦争と全体主義に突き進む時代を独自の視点でなぞり、今なおひどい世の中に息苦しく暮らしている現実に、風穴を開けようと希望を持つべきだ、負けないようにしようというポジティブなメッセージ、特に菊と仲間の女性たちに勇気もらいました。あと永瀬正敏ナレーションはとてもしっくりきてよかった。
直後に書いてしまった酷評は下記↓
とっ散らかりすぎて、長すぎて、
[結局ダメなんだ]の、連鎖。中身も苦悩も真実味もないダメなんだ大会、弱音とこけおどしの連鎖。
出てくる男はほぼ全員クソで、
これほどまでに、軽薄な、革命万歳なんてほかにきいたことあるかな。気分を害す革命万歳だった。
十勝川が語る関東大震災の時の朝鮮人虐殺、捕まった十勝川と捕まえた退役軍人、復員兵がヒステリックに叫ぶ天皇陛下万歳、そのあたりよシーンがクライマックスで、軍服を着た退役軍人が心ならずも吐露する心情、それぞれに無念な
ギロチン社、て、アナキストじゃなくてエゴイストの結社だたのか。
中濱鐡役がちょっと酷すぎる。人物が酷いということかもだけどそれでも少しは魅力ある人だったんだろう、そんなところが演じられておらずひたすら残念で痛い人。途中まではちょっと下手だけどまあこんなもんか?わざとこの滑舌にしてるの?とかおもっていた他の役者さんたちもなんかつられて悪くなる。獄中から1人いい気分で軽々し空虚に叫ぶ能天気鐡の檄が背景に響き、画面の方邪魔されて、せっかくの話も演技もどっちつかず。
戦前の女相撲、ロシアとの戦争、アナキストや主義者も期待かける満州、時代、テーマ、題材は興味深い、私の好みに合致してるんだが、何故か劇場で予告見ても見たい気持ちがあまりなくて、でもそれば、予告編が、最近よくある詐欺みたいな予告(本編よりすごく思わせぶりにする、本編大したことない、、ミニシアターで上映系にこの頃多い、お上手な予告編))ではなかったからか、そこは良心的。題材は野心的。
なんとなく映像がぼんやりした感じでそそられず。いろいろな工夫もとっ散らかる印象にプラスなだけ。
あくまで劇場ではなく、配信、パソコンで見た感想です、あくまで。こういう感想に申し訳ない気持ちにもなるが、とっ散らかりすぎて、いろいろやりたいことありすぎて音もカメラワークも物語も、いろいろぶっ込みすぎ、そのような監督さんの熱が反作用して役者特に男性陣は熱くなりすぎ自分に酔いすぎうわっ滑り。
カメオ出演的?な井浦新、山中崇、嶋田久作の出演シーンは少しほっこりとした安堵感。
高く評価された作品なので自分の感想に申し訳ない気分。しかし、そうは言っても、
女相撲の女性たちが旅巡業で、日夜精進して、暗い時代女に人権もなんもない時代を自らの力で生きよう、生きのびて、自由と自分で決める人生を取り戻そう、手に入れようとする力強さは素晴らしい。力士の女性は皆個性的で力強い演技。わざわざ対比のためここまでアホ男子を演出したのかな、だとしたらそれも意味不明で、とにかくなんかもったいない。ラストの女相撲の力士たちのバリケード、とてもかっこよくて、その乱闘、自らのためそして全ての虐げられる女性のため、相撲を守るため、戦うラスト。
おおお、と感動するが、エゴイスト集団ギロチン社の面々紹介されなんだかなあという感じ。
勝虎の、
あんたみたいな弱い男はじめからきらいだったんだよ
というパンチライン、女力士渾身のバリケードと乱闘は本当に心心ひかれた。
あと、赤松さんの題字、エンドタイトルに川口さんのお名前もあり、最後、それもよかったです。
女性に「古き良き時代」は無い。
戦前の女性の人生は、
生まれてから死ぬまで
詰みっぱなしという事を思い知らされる。
嫌いな旦那の所を逃げ出した女性を
手錠で繋いで引っ張って行く警察とかね。
3時間越え
3時間もあるんだと劇場アナウンスで知り
気合い入れて見てましたが
長いと感じませんでした。
嘉門洋子久々見た(笑)
昭和30年まで
女相撲が盛んだったなんて知りませんでした。
菊の旦那怖かった...
爆弾で吹っ飛べばよかったのに
風の中にキク
観終えた後にぐったりときました それだけ衝撃がキタという
身体を張って生きてゆく女性達の強さと権力に抗うアナキスト集団 両者とも先進的な人々であって見据えた先に自由を夢みました
「天皇陛下万歳」が呪縛のように力を持っていた頃 この言葉がこんなにも悲しく虚しく聞こえたのはある意味 従属という重しにも似ているから とてつもなく悲しい気持ちになりました
軍の上層部の考えも弱者の想いもより良い日本の為 でもこの二つ根本的に接点が繋がらない 全てを否定するわけではないけれど前者はひとつ間違えると天皇の名を借りた危うい新興宗教にもなりかねない
大事なこと "まず人がいて国があるということ 国があって人がいるわけではない" これは似ているようでいて180度全く違います 日本がこのことに気づくまでに一体どれだけの血が流れていったことでしょう···
アナーキスト達の抵抗は決してスマートなやり方ではないけれど崇高で透明感すら感じさせるものでした
気持ちが奮い立つどころか重たい話でどんどん気が滅入っていく中 純朴な恋慕がなんとも優しく健気で丁重でありました
相撲の神様がいると言われたらそのまんま信じていた自分 何でもかんでも鵜呑みにするといけないなと思いました
映画の中でも朝鮮人が悪く仕立てあげられていたけれどそんな風にして事実とは違う洗脳操作なんてのは現代の方がもっとスピードが早く危険 冷静に自分で考えることの大切さを感じました
この時代の男尊女卑についてはもう度合いが凄すぎてついていけません 解決なんてできない気がします 補い合うのが理想でしょうか お茶くらいは女性が入れたらいいんじゃないかと思うタイプでしたけど違うかも···と ぐらつきはじめています
私が花菊だったらこんなに前向きに生きることはできず古田さんと一緒にどこかに逃げるだろうなと思いました(苦笑)
先進的な人々は泥沼の中でも美しく咲いていました
ラスト 中濱鐵の朗読が力強くいつまでも耳に残ります その言葉たちは今も風に吹かれているに違いない
自由に忍び寄る不穏な足音が聞こえたら立ち上がるんだぜ諸君!
その声 確と頂戴いたしました
まあまあだった
女相撲の面々がみな似た服装と頭で見分けができないし、ギロチン社の連中もキャラが薄くてよくわからない。そしてセリフが聞き取りづらく、物語のポイントが不明瞭で、運命にただ流されていく人々を眺めている感じで没頭できなかった。長々とした主張が被害者意識からくる正義感のようなものに感じられて好みではなかった。
あまり馴染みのない時代だったが、自虐史観的な側面があり、あまり鵜呑みにするのはよくない気がする。
クライマックスで警官隊を、怒り狂った女相撲が相撲技で次々やっつけて警官はまるで歯が立たないという場面を期待したら、すごく普通に警官に負けていた。主人公だけがちょっと頑張っていた。
内無双(うちむそう)
自分の上手で相手の足の膝の内側を掬い上げ、体を捻って相手を倒す技。劇中で主人公の女力士が好きだった決まり手である。身体の捻りがポイントとのことだが、結局、アナーキストも女相撲も、時代に巧く捻り入れることができず、木っ端微塵に爆弾のように吹き飛ばされてしまったという皮肉を込めてなのだろうか。
暴力の反対は平和ではなく『対話』というのをネットで観たが、確かに対話が欠如してるそれぞれの陣営である。ギロチン社、女相撲巡業一座、そして村の急進的右翼と、警察。それぞれが自分の正義を振りかざすだけで相手の意見を聞かない。そして徹底的に相手を殲滅せんとその情熱がピークに達したとき、当たり前のように暴力がそこに支配をする。負けた者、力なき者は差別により虐げられ、力の支配がまかり通る。結局、人間も猿も同じ。『叡智』なんてものは、イマジネーションさえ当てはまらない。
ジェノサイドは常に人間の心の深淵に潜んでいて、容易に顔を出し、悪魔や鬼へと変貌を遂げさせる。
今作品の最大のテーマ、『暴力』というメカニズムの一端が隠すことなくまざまざと我々に見せつけられる。痛々しいまでに、そして、人間を支配せんと常にタイミングを見計らって・・・ 暴力の連鎖は、イコール人間の歴史と言わんばかりに・・・
もし、新しいイデオロギーとしてカウントできるならば『厭世主義』を入れて欲しい・・・
熱量たっぷりに時代の空気感がビシビシ伝わる大正時代劇
瀬々敬久監督によるオリジナル、渾身の189分(3時間9分)の大作である。最近の瀬々監督といえば、実話感動作の「8年越しの花嫁 奇跡の実話」(2017)が思い浮かぶが、 基本的には「友罪」(2018)や「64 ロクヨン」(2016)などの社会派の人間ドラマが多い。
オリジナル作品は、やはり278分の「ヘヴンズ ストーリー」(2010)以来8年ぶりで、長尺作品でこれだけ見せる人はいない。
大正末期。関東大震災(1923年9月1日)直後、格差社会の閉塞感に苦しむ国民の苦しみの中、政治思想家や社会運動団体が乱立した大正デモクラシー(1910~20年代)を背景に、国民が平等に幸福を追求できる国家をめざす青年たちの群像劇である。
本作は創作された"女相撲"の新人力士・"花菊"と、実在したアナーキスト(無政府主義)グループ、"ギロチン社"の中濱鐵と古田大次郎らの出会いと交流を描いている。
アナーキーを血気盛んに叫ぶオトコたち、ワケアリで女力士に身をやつしたオンナたち。
中濱鐵(なかはま てつ/1897年~1926年)は、実在の人物で大正時代の無政府主義者。田中勇之進や古田大次郎らとともに起こした一連の"ギロチン社事件"で逮捕され、29歳で死刑執行されている。
震災と混乱の時代、大正デモクラシーの民本主義と天皇陛下の存在、シベリア出征の理由…体制側の都合に振り回さられる一般国民。格差のない平等社会への理想を掲げて、そこでたぎる若者たちの熱い想い。熱量たっぷりに時代の空気感がビシビシと伝わってくる。
また本作には"ギロチン社"のほかに、"労働運動社"、"在郷軍人分会"、そして女相撲・"玉岩興行"が登場する。それぞれの立場で生きる理由があり、ギリギリの生活がある。
ちなみに本作においての"女相撲"は、アマチュアスポーツとしての"女子相撲"とは別物で、大正時代に存在した"見世物"としての興行である。
オンナに相撲を取らせるというのは、興行的なエロチシズムを否定できない。劇中で描かれているように、警察当局の取締りの中で行われていた。
"女相撲"を神事としての古代日本史とむりやり結び付けて、"女子相撲"の起源とする意見があるが、私はこれを支持しない。かといって、現在の相撲協会のならわしも多くがマユツバものであるのだが…。
女相撲力士・"花菊"役に木竜麻生、"十勝川"役に韓英恵が務め、ギロチン社の中濱鐵役を東出昌大、古田大次郎役を寛一郎が演じている。
(2018/7/8 /テアトル新宿/シネスコ)
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