「むっず」羊の木 華さんの映画レビュー(感想・評価)
むっず
これほどレビューに困る作品に出会ったのは久々。
面白くないとは思わないし、逆に落ち着きのあるドキュメンタリーのような作風は好みと言えば好みなんだけど、人に勧めるかと聞かれれば勧めません。
でも、何が良くないのかがあまり明確に浮かばないので「つまらない」と言い切ることもできないし。
まとまらない頭のまま書いてしまいますが、これはもう殆ど、月末と宮腰の話、と言ってしまっても良いわけですよね。
自分の町に移住してきた6人のうち、一番ヤバい奴と最も親しくなってしまったということ。
だいぶ序盤から、松田龍平こと宮腰のヤバさは際立ってましたね。
某サカキバラって、ざっくりこういうイメージあるよね感。
元殺人犯で元受刑者、という先入観がどうとか、月末の言うところの「同じ人間だし」(元殺人犯の俺が怖くないの? と宮腰に問われての台詞)という、まぁそりゃそうなんだけど……、いや、でもね。
人を先入観で見てはいけないなんて道徳の授業とかで教わったような気がしないでもない。
確かにそうかもしれない。
けど、殺人まで話がいってしまうと、そこで「人を先入観で見るとは! あなたの心は汚れてる!」なんてことを声高に主張できる人ってのは、基本的には偽善者だと私は思ってしまいます。
何故なら、通常の価値観を持っている人はまず人を殺さないから。
人間を殺すって、刑務所行って出てくれば「うんうん。罪償ったんですよね」ってもんでもないと個人的には思います。
例え相手に泣き叫びながら請われても、私は絶対殺さない。愛があろうがなかろうが、個人の人生には、基本的には誰も介入するべきじゃないと思うし、どうしても死にたいなら、申し訳ないけれど己でケリをつけてくれと言うしかない。
こっちが殺人の罪に問われるだろ、みたいな理由でもなく。生まれてきた以上、誰かに殺されることも、誰かを殺すこともあってはならない。
こんなこと長々と書かなくたって当たり前なんだけども。
脳死状態が続いている方の安楽死問題等については、その限りではないと思いますが……
つまりこのお話は、
一度殺人を犯したが、更生の道を歩む者
脳のタガが外れていて、一生救えないモンスター
同じ殺人者でも、こういう圧倒的な差があって、宮腰は後者だった、ということなのだと思います。
終盤、ギターの練習などで距離を縮めた月末にだけ一瞬「まともな人間」としての気持ちを覗かせたものの、そういう大事な存在である月末を道連れに海に身投げして、民間伝承が作り上げた怪しげな神に審判を委ねるというミラクル展開は賛否あるかと思いますが、これこそ宮腰という人物を語る上では外せない、究極自己中人間だけの発想ですもん。
何であんな無茶苦茶なことするんだよ!
俺がそうするって決めたからだよ!
という感じの、宮腰の行動理念そのもの。
作中、たとえば優香(役名失念)は「セックスのプレイの一貫として首を絞めてたら夫が死んだ(気持ちいいから首を締めてくれと日常的に頼まれていた)。殺すつもりは本当になかった」と話し、且つそのいきさつを裁判では信用してもらえなかったため刑務所行きになったと独白しているので、事実上の事故のようなもので、うっかり相手を死なせてしまった的な描き方なわけですが、相手を死なせるまで我を忘れて快楽に溺れていた事実がある以上、彼女もどこかで、未必の故意のようなものが頭によぎったことがあって、でも当たり前になっている夫婦間の異常な営みに甘んじいていたわけだから、女子刑務所で夜な夜なすすり泣く声が聞こえてきてどうのこうのと言われたところで、そういう場所に行く価値観を育ててきたのは旦那さんと自分自身であって、亡くなった旦那さんのせいだけではないですから。
二度と愛する人と離れたくないから絶対同じ罪は犯さない、というような台詞もありましたが、
それを信じるか疑うかというのはこちら側の問題ではなく、信じて欲しいという気持ちがあるならば、生涯をかけて信じてもらえる行動をし続けられるかどうか。
それはあちらの問題です。
そこまで究極の一線を越えるかどうかという判断を自分の中で下して、結果的に「殺す」或いは「それも仕方なし」という選択肢を取った経験のある人たちの存在。
それは先入観云々なんて言葉で処理できるものではなく、その時に、殺人という判断にGOを出した思考回路の持ち主なんだから、そこは信じるだの信じないだの、そういう単純なものではないと思います。
元殺人犯と共存していくために必要なことは、これは本当に超主観なのですが
「最悪、この人を信用したことで殺されたとしても本望」
と思えるかどうか、だと思います。
書いていて思いましたが、
優香と月末父の恋愛過程、
宮腰のバックボーン、
月末の戸惑い、葛藤、素顔。
このあたりをもう少し丁寧に描いてくれたら数倍良かったのではないかという気がしました。
特に優香と親父さんのあの感じ、
女子刑務所から出てきて、久々に老人相手に性欲が大爆発したようにしか見えなくて、優香の体当たり演技にはとても驚きましたし素晴らしかっただけに残念です。
ヒューマンドラマと銘打つのであれば、もっともっと人間の機微を描いて欲しかった。
長くなりすぎましたが、
以下、素敵だった点!
・北村一輝さんにハズレなし
・松田龍平は本当に上手い
・クリーニング屋のおばさんの「だったら私が肌で感じたことは何? 私、あなたに嫌な感じしたことないんだけど!」というような台詞、群を抜いて良かった
・のろろ様という存在の設定やお祭りの雰囲気、好みです。不気味で怖いけど神聖なお祭り。参加したい。
・理髪店の店主、中村有志さんが年々好きになる。いいお芝居だった……
・「もう胸もなくなっちゃったしグラビアなんかできないですよー!」と言っていた優香さん。Tシャツのシーンで「あー! 全然でかいじゃん!!」と、久々に見た優香の巨乳が何となく懐かしかったので声出してしまった(自宅鑑賞です)
・北村さんを豪快に轢き殺すシーン、静かさが逆に怖さを引き立てていた。