「噛めば噛むほど空想が膨らむ、これこそSFだ。ドゥニ・ビルヌーブの演出力の勝利」メッセージ Naguyさんの映画レビュー(感想・評価)
噛めば噛むほど空想が膨らむ、これこそSFだ。ドゥニ・ビルヌーブの演出力の勝利
アカデミー賞では作品賞や監督賞を含む、6部門もノミネートされながら、音響効果賞の1冠だけ。いつも通りのSF作品への”シオ(塩)対応”だが、世界的に大ヒットしたSFの新機軸である。
原作は、中国系アメリカ人テッド・チャンの短編小説、「あなたの人生の物語」(Story of Your Life)。テッド・チャンは本業がテクニカルライターなので、25年を超えるキャリアで20作品に満たない超寡作主義のSF作家である。短編ばかりなのだが、すべてがハイレベルいう創作の天才でもある。
しかし、この原作はいったいどうやって映画化するんだ?って感じの代物。言語学という切り口でエイリアンとコミュニケーションするという難解な内容を持ち、その言語学の話が、物理学を勉強した人でないと知らない。"ラグランジュ力学"というものを使った話なのである。また、7本足(ヘプタポッド)のタコ型のエイリアンって、造形としては昭和世代に懐かしい古いタイプの宇宙人だ。宇宙戦争でもなく、人間 VS エイリアンでもない。映像化するにもジミな風景しか浮かんでこない。
これは監督ドゥニ・ビルヌーブの演出力の勝利なのだ。地球へ襲来してくる宇宙船の造形や数、地球側の各国政府や軍隊の対応、そのエイリアンとのコンタクト方法、すべて映画オリジナルである。タイトルも"Story of Your Life(あなたの人生の物語)"でなく、"Arrival(到来・出現)"であって、つまり小説の実写化ではなく、完全な映像リメイク版といっていいだろう。しかし原作の”いいところ”を推し量ることができるようになっている。このドゥニ・ビルヌーブ監督が、今年秋の話題作「ブレードランナー 2049」(名作の続編)に抜擢されたことに、心がときめく。
とはいえ、原作のエッセンスを知っていたほうが理解は早い。「あなたの人生の物語」はそのタイトル通り、"あなた(You)"=2人称で書かれている。まだ生まれていない”わたし”の娘”あなた”に対して語りかける。つまり未来を予言するようなSFなのである。エイリアンとの遭遇によって、未来を理解する能力を得てしまった博士の話。ここを押さえて観れば、いろいろ分かってくる。
それにしても人間の概念と、宇宙人の概念が違うという局面を理解するのは、アタマの固い人、常識にとらわれすぎの人には難解だろう。あなたはどうでしたか? 2度観たほうが、より理解は進むかもしれない。
もしかして未来に生まれる娘は、遺伝的または後天的に、博士の予知能力を得てしまっているのかなぁ…なんて考え始めると、噛めば噛むほど空想が膨らんでいく。これこそSFだ。すごく面白い。
(2017/5/19/TOHOシネマズ日本橋/シネスコ/字幕:チオキ真理)