「明るくなるまで待って。 善悪の境界を揺るがす、戦慄の『ホーム・アローン』☠️」ドント・ブリーズ たなかなかなかさんの映画レビュー(感想・評価)
明るくなるまで待って。 善悪の境界を揺るがす、戦慄の『ホーム・アローン』☠️
盲目の老狂人が引き起こす恐怖を描いたスリラー・ホラー『ドント・ブリーズ』シリーズの第1作。
デトロイトに住む3人の若者、ロッキー、アレックス、マネーは、ロサンゼルスへの移住資金を貯める為に空き巣を繰り返していた。
ある日、大金を隠し持っているという退役軍人の噂を聞いた3人は、その家に忍び込む事に。彼がどんな人物かも知らずに…。
製作は『死霊のはらわた』シリーズや『スパイダーマン』シリーズのサム・ライミ。
リメイク版『死霊のはらわた』(2013)を手がけたサム・ライミの秘蔵っ子、フェデ・アルバレスが監督を務める。
88分というタイトなランタイム、ただの民家という限定された空間、激ヤバジジイとのかくれんぼというシンプルなストーリー、さらに主要な登場人物はたったの5人のみというこぢんまりとしたキャスティングという、何から何までミニマルな映画である。
しかしそのクオリティには文句無し。無駄を一切排除し、純粋なスリルと恐怖のみを追求するその潔さが観る者の心を掴む。
本作の脚本の妙は、狙う者と狙われる者の間に単純な善悪のラインを引かなかったところにある。
主人公チームは空き巣専門のコソ泥であり、最初はただのクソガキだと思われていたのだが、だんだんと彼らの中にある善性が見えてくる。ロッキーは幼い妹の為に、アレックスはそんな彼女を支える為に悪事を働いていたのだ。
ロッキーの立場に同情するとはいえ、今回のターゲットは盲目の老人。しかも娘を交通事故で亡くすという悲劇を経験した、同情せざるを得ない人物である。なので、初めのうちはどちらかといえば老人側の肩を持ちながら鑑賞する事になる。
だが、地下室に隠された“秘密“をロッキーたちが発見する事でその潮目が変わる。「あっ、コイツは想像以上にヤベェ奴だ…」という事がわかり、だんだんと老人とコソ泥の間にあった善悪の境界が揺らいでくるのである。
その後の展開は恐怖の一言。ターミネータージジイ&ワンちゃんによる壮絶な『ホーム・アローン』(1990)が幕を開ける。
ジジイが圧倒的に有利となる暗闇での追いかけっこなど、アイデアも豊富。また、ただの一軒家という狭い空間に舞台を限定したからこそ、何処からでも不意打ちを仕掛けられる可能性があるという恐怖感が常に画面を支配している。スリル&ショック&サスペンスの連続には、誰しも息をする事も忘れてしまうだろう。
遂に捕えられたロッキー。そこでジジイが女性を監禁していた理由が判明する。
ここまで来ると、前半にあったコソ泥へのヘイトは消え失せ、代わりにそれは老人へと注がれる。映画の見え方が完全に逆転してしまうのだ。
短いランタイムの中で、観客の感情を右へ左へと揺さぶり続ける手練手管の見事さには舌を巻く。ホラー映画は斯くあるべしという、お手本の様な展開である。
クライマックスも良い。正義の鉄槌を取るのか、自己の利益を取るのかという、この倫理観のせめぎ合い。子供が欲しいというジジイのエゴと、金が欲しいというロッキーのエゴ。結局はどちらも自分の利益のために行動しているに過ぎず、そこには善悪という単純な基準は存在しない。
そして最後にロッキーが下す決断により、安堵と苦味が入り混じった複雑な読後感を観客に与えて物語の幕は降りる。分かりやすいスリラー映画でありながら、一筋縄ではいかないメッセージ性が込められた快作であり怪作である。
何のかんのと言ってきたが、ジジイが怖い。結局はこれに尽きる。
頭のおかしいジジイはオバケよりも怪物よりもサメよりもクマよりも怖い、という事を我々は日々の暮らしの中で知っている。その日常の恐怖を100倍にして描き出した点が、この映画を傑作たらしめている要因である。
ジジイを演じたスティーヴン・ラングさんが最大の功労者である事は誰もが認めるところだろう。あの引き締まった肉体、隙のない所作、只者ではないオーラ。素晴らしい演技力に脱帽です。
どうやってあの女を捕まえたんだよ、というかそれ以前にあの地下室どうやって作ったんだよ!というツッコミどころはありますが、まぁそれは置いといて。
本作唯一の不満点はワンちゃんがあんまり怖くなかったところ。だってシッポをブンブン振ってんだもん。
裏ではとっても良い子なんだろうなぁ、とか思ってしまって、ワンちゃんとのチェイスシーンに全然集中できなかった。
これならワンちゃんは登場させなくても良かったのでは…?『ゴーストバスターズ』(1984)のイヌオバケくらい最恐最悪なワンちゃんなら、あのジジイにもピッタリだったんだけどねぇ。
まぁとにかく、見事なホラー映画であった事は間違いない。
限られた役者と場所でも十分に面白いエンタメ作品を作る事が出来ると証明してみせたフェデ・アルバレス。他には一体どんな映画を撮っているんだと思いフィルモグラフィーを調べてみると、本作の次に撮った作品は『蜘蛛の巣を払う女』(2018)…。ああ、あれかぁ…。
アルバレス監督はこじんまりとした限定空間を用いた作品の方が向いているのかも知れませんね。