「ルーツと再会する幸せ」LION ライオン 25年目のただいま fall0さんの映画レビュー(感想・評価)
ルーツと再会する幸せ
観る前にあらすじを聞いた時、「国内で迷子になって、帰ってこれないってどういう状況なんだろう…いや、インドで貧困家庭だったら警察も碌に頼れないだろうし、起こりうるのはわかるけど…にわかに信じられない…」って感じで、あまりにもイメージがつかなかったんだけど、観ていくうちに状況が頭に入ってくる。
長距離移動してしまえば言葉も通じなくなる。身なりの悪い子供が一人でうろついてても、そこらにいるストリートチルドレンといっしょくたで、いちいち同情してくれる人は少なく、最悪人身売買のターゲットにされる。施設に入れたって、そこも決して良い場所ではなく、サルーが養子に行けたのはラッキーなことだった。
幼いサルーの視点に沿って描写が進んでいくので、ディテールはかなり省かれてて決して説明くささは無いのに、インドで行方不明になる子供達の状況がうまいこと分かるようになってる。子供の視点で観るので、直感的な恐ろしさや心細さがよく伝わってくる。
インドの風景が魅力的だった。埃っぽそうだったり生臭そうだったりな場所が、スクリーン越しにパワフルで素敵に見える…
あとね、サルーがめちゃめちゃ可愛い。目が黒々と大きくて、あどけなくて、甘ったるい子供らしい声してて、がんばって生きてるって感じ。幼い無力さはあるけれど、4歳という年齢にしては危機察知能力や行動力もあって、だから生き残れたんだろうな。
大人になったサルーの、ルーツを失った空虚さも、グッときた。大学で出身を聞かれた時の曖昧な返しとか、ボリウッド映画を観ても曖昧な顔しか出来なかったのに、子供の頃食べたかった揚げ菓子を観てどうしようもなく辛くなってしまうのとか…。
同じインド出身者でさえ、オーストラリアの大学で勉強してるようなのは多分ほとんど富裕層で、サルーが元々いたところの人達とは全く違う。母親が文盲で石運びの仕事をしていたなんて理解してもらえない。
一番境遇が近かったのはマントッシュだけど、「一人になってしまったもの同士」で、「二人」にはなれなかった。特にマントッシュはスーの家に来た時にはもう深く傷つきすぎていて、それどころじゃなかったのかも。
根っこの無いサルーの心情が伝わってくるので、おぼろげな記憶を頼りに故郷を探す様子に感情移入しやすかった。遥かに恵まれた環境での生活にありがたみを感じるし、今の家族や恋人を愛していても、いつも心細い。実家が忘れられない。
サルーが故郷に帰った時、ヒンディー語を喋れなくなってたのが胸にグサッときた。これって実際にそうだったのかな。だとしたら辛いな。劇中では、幼少期と成人後だけが描かれていたけど、少年のサルーがふとヒンディー語を忘れてしまった事に気づいて、そのとき愕然としたんじゃないかな。
タイトルがうまいなと思った。サルーが故郷の地名だけでなく自分の名前も曖昧で、その本当の意味がラストでわかる。一番のルーツに、最後の最後で行き着く演出。