愚行録 : 映画評論・批評
2017年2月14日更新
2017年2月18日より丸の内ピカデリーほかにてロードショー
単なる露悪的なカリカチュアを越えた、確かなリアリティが息づいている
直木賞候補に選ばれた貫井徳郎の同名ミステリーの映画化で、迷宮入りとなっている一年前に起きた一家惨殺事件の真相を、週刊誌記者の田中武志(妻夫木聡)が関係者の証言からあぶりだしていく。
ロマン・ポランスキー、イエジー・スコリモフスキを輩出したポーランド国立映画大学で演出を学んだ石川慶の長編デビュー作は、バスの乗客の表情をハイスピードでとらえた冒頭から、従来の日本映画には見られない独特の沈鬱な色調の画面に深く魅了される(撮影監督はやはり同校出身のピオトル・ニエミイスキだ)。このプロローグでバスの席を譲った後の田中のちょっとした不穏な仕草が棘のように見る者の裡にまとわりつく。
映画は、終始、無表情な田中の取材と探索、そして育児放棄で逮捕されたシングルマザーの妹光子(満島ひかり)の独白という二つの焦点をもつ語り口で一貫している。田中が同僚や同級生を訪ね歩くなかで、被害者夫婦それぞれの抱える裏の顔やドス黒い悪意、名門大学内の陰湿きわまるカースト構造が徐々にあらわにされるくだりがスリリングである。どの証言者もなまなかな共感を拒む、卑小な俗物であると同時に、単なる露悪的なカリカチュアを越えた、確かなリアリティが息づいているのだ。その緻密な人物造詣には日本的なセンチメントや情緒を徹底して排除し、仮借ないドラマツルギーを構築しようとする石川監督の強靭な意思が感じとれる。
そこには、「反撥」、「殺人に関する短いフィルム」「アンナと過ごした4日間」などを連想させる悪夢的な世界が広がっている。映画はラスト20分で、理不尽で残酷極まりない真実へと舵を取る。往年の不条理劇的な東欧名画の記憶を喚起させる、この卓抜なルックが選ばれた理由が、ここではっきりと明かされるのだ。
(高崎俊夫)