「経験×客観的視点×責任=真のプロ」ハドソン川の奇跡 とみいじょんさんの映画レビュー(感想・評価)
経験×客観的視点×責任=真のプロ
眼頭がじわっとします。そして、心の中に灯がともったような感覚になります。最後はスカッとした気持ちにもさせてくれます。
日々の積み重ねが為し得た業。
とっさの判断。でもそれを行う腕が無ければただの無謀。
とはいえ、経験が全てなわけではありません。年取って機能が落ちているのを否定して、若いころの経験を信じて行った末の事故(車・登山他)は頻発しています。今の自分に何ができるのか。客観的視点を自分に向け続けること。それが一番難しい。
そして、そのあとの行動。ただ、運転手として空港と空港を往復するのが仕事なんじゃない。命を運んでいるんだと言う自覚とそのことに対する責任。
これらのどれかが欠けても、真のプロフェッショナルとは言えないのだなあと思いました。
緊急事態に機長がそれまでの経験を総動員して乗客を救います。
最善・最大限の努力を払ったはずなのに、信じがたい事をつきつけられます。「あなたは安全策があるにも関わらず、危険を犯した」と。
自分の判断に対する懐疑。ベテランほど、誠実に仕事をこなしている人ほど、この批判は痛い。
トラウマ的状況にあっても、それに対して自分が最善を尽くしたと思える人は、PTSDになりにくいと聞いたことがあります。
最善だと思っていたことが最悪だった?それって…。
そんな葛藤を描くことに焦点を当てています。
飛行機が危機に陥った状況。パニック映画ではないので、無理に怖がらせようという演出はありません。その分リアルです。鑑賞後、出張のため飛行機で移動するのに、経路を変えようかと一瞬でも本当に躊躇してしまったほどです(笑)。
そんな状況の中、機長がパニックに陥りながらも、冷静に生き残る術を模索した様を追体験できます。
そして、乗客全員の無事を心配する姿。そして、家族に連絡する姿。
そんなサリーの人柄を知った中での衝撃。
自分を客観視できる人だからこそ苦悩も深い。
シュミレーションで出した答えが全て正解なのか。
ちょうど、トム・クルーズ氏のアクション時のエピソード動画を拝見していて、2テイクめの時に小石が飛んできた話があり、当った場所が悪ければ命に関わる大事故になっていたというのを知って、改めて現場では何が起こるかわからないと思いました。
コンピューターに人命を預けられるのかという疑問。
日本には机上の空論という言葉もありますが、現場での判断ミスによる事故もあるけれど、現場だからこそ為し得るbetterな判断もあるのに、現場を知らない人が、会議室やお茶の間の安全な場所から偉そうに言うなと、ちょっともやもや。
でも、映画の展開としては、大岡裁判のような逆転もあり、軽いジョークで終わり、スカッとした気持ちで終わります。
命を預かる責任の重さ。
パイロットはわかり易いけれど、他にもいろいろと繋がっています。
食の安全。建物の安全。日常使う機器の安全…。
教育・福祉…人生LIFEに関わる仕事。
何が杜撰な仕事で、何がbetterな仕事なのか。bestを目指したいけど、すべての懸案事項が目の前に揃っているわけではありませんし、全ての懸案事項を吟味できる時間があるとは限らりません。見切り発車で後悔することも多いけれど、石橋を叩き過ぎて割ってしまうことも。
自分のbestだけを追求する人もたくさん…。
そんな中での、機長の、副機長の、管制塔の、キャビンアテンダントの、救助隊の人々の仕事。乗客の助けあい。
心が温かくなりました。
なのですが、
監督は、
隣場感溢れる状況と、 翻弄される人々の気持ちの動きを丁寧に描いています。
だのに、何故かしら、通り一遍の感情表現をなぞっているだけのように感じられ(役者のせいではない)、
もう一歩踏み込んで欲しい、心を表現するだけではなく、その奥の魂を表現してほしい、それができる役者を揃えているのだからというもどかしさを感じてしまいます。
『硫黄島からの手紙』でも感じたもどかしさ。
う~ん、満点の映画なのに、涙が自然に出てくるのに、不完全燃焼。
心は揺さぶられますが、魂は揺さぶられません。
無理にドラマチックな演出にしてほしいわけではないのだけれど。
とは、言うものの、
サリーの生きざまに胸を打たれ、
物足りなくも、ほっとした感覚で試写会場を後にしました。
素敵な映画をありがとうございました。
≪2024.5.6追記≫
ご自身の思惑と関係なく”英雄”に祭り上げられたサリー機長。
ご自身のプロデュースによるイメージ戦略もありだろうが、それを超えて、ご自身の思惑と関係なく、貼り付けられるレッテル・イメージを持たざるを得ない俳優・監督という仕事。
その世間からのレッテルを背負うということを知っている監督だからこそ、サリー機長の戸惑いの機微の表現にも共感されたようにも思いました。
≪2025.10.5追記≫
35秒?の決断
命を預かるということ。
その重さを、ハンクス氏とエッカ―ト氏の演技と、映像で疑似体験頂きました。
自分自身が、コクピットに、乗客としてまさに機内にいるかのような緊迫感。結果を知っているくせに、手に汗握ってしまいました。
無慈悲になり続ける機械音の警告。渓谷のようにそびえるビル。
その情景を見ながらの緊迫した中での機長と副機長の判断。
キャビンアテンダントがずっと出し続ける明確で力強い指示「頭を下げて、姿勢を低く」。
本当に様々な方のプロとしての仕事や、乗客同士の協力があってこそと、改めて感動してしまいました。
普段、何気なく利用している飛行機、電車、バス、そのすべてが安全に利用できていることこそ奇跡だとも改めて思いました。
映画は機長サリーの苦悩に焦点を絞って描いています。
だからこそ、サリーの心の中で起こっている追体験、仮定である一番最悪な場面も映像化して見せてくれています。
そんな様を見て、私ごとながら3.11の記憶を思い出してしまいました。
3.11の時、東京で大勢の子どもたちといました。後から考えると、多少地割れしたり、建物にひびが入ったりしましたが、東京での揺れはかの地に比べるとさほどでもなく、大きな損害もありませんでした。
それでも、何度も続く揺れ、津波は来なかったけど、頻繁に流れる津波警報を聴きながら、この子どもたちを守らなきゃ、もし判断が間違って子どもたちを守り切れなかったらとかなり緊張しました。相談できる仲間がいたし、十分時間もあったのに。
そんなことを思い出しながらこの映画を鑑賞。
エンジン停止から無事着水までの時間。
全てのデータを揃えて、全ての可能性をシュミレーションして、ベストを熟考する時間が無い中での決断。
あらゆる可能性を後でシュミレーションして、今後の教訓にするのは当然のことながら、
あの状況の中での、その決断が間違っているかいないかなんて問えるのだろうか?
あの状況でベストを尽くせたこと、それだけでも賞賛したいです。
それでも、繰り返し湧き上がる思い…。
一人の英雄の偉業を描くのではなく、一人の男の心を描いた映画です。
オチもスカッとします。
私も飛行機に乗るので、偶然事故機に当たってしまった乗客たちを思うと、本当に胸がつぶれる思いです。今年のJAL便の事故も、ペットは亡くなったと聞き、仕方ないことではありますが、飼い主の方々は本当にお気の毒でした。
余計にサリー機長の勇気ある決断に拍手を送りたいです。
