劇場公開日 2016年9月24日

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「あの日の空を通して、今のアメリカに良心を問う」ハドソン川の奇跡 全竜(3代目)さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0あの日の空を通して、今のアメリカに良心を問う

2016年10月13日
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鑑賞方法:映画館

2009年の真冬日、ジャンボ機が鳥の群れに衝突し、両エンジンが停止、墜落を阻止すべく、ハドソン川に緊急着水。

機長のとっさの判断により、乗員・乗客155名全員の命を救った実際の事故を基に、巨匠クリント・イーストウッドが主人公の機長役にトム・ハンクスを迎え、初タッグを組み、挑んだヒューマニズム大作。

航空機事故を扱った映画では、ジョージ・ケネディがレギュラーを務め、70年代に人気を博した『エアポートシリーズ』がやはり思い浮かべるが、見せ場である事故当時のパニック描写を派手に描くのを回避している。

むしろ、其の後、審議委員会に過失責任を激しく追求された機長の葛藤に迫り、人間心理を問う事で、創り物ではないリアルな緊迫感を産み、観る者を引き込んでいく。

無茶な着水などせず、直ぐに空港に引き返せば、済んだのではないか?と検証シミュレーションが判断したため、機長の責任を巡り、やりきれない裁きが続く。

大惨事を喰い止めた英雄から一転、危険に曝した容疑者へと世間の見方が賛否分かれる危機は、ロバート・ゼメキス&デンゼル・ワシントンの『フライト』が未だ記憶に深い。

ドラッグ&アルコールまみれで糾弾されるのは自業自得だったデンゼル・ワシントン機長とは対照的に、今作のトム・ハンクス機長は、清廉潔白なのが大きな特徴である。

航空経験ゼロで機械を頼りに、犯罪者に仕立ててしまう委員会の矛盾と権力への怒りに、ストレートに感情移入できる世界観こそ、イーストウッド映画の真骨頂と云えよう。

冒頭で、機長が毎晩うなされる墜落事故の悪夢は、9・11の惨劇を暗示し、更に、夫婦はリーマンショックの余波をモロに受け、住宅ローンの支払いに頭を抱えるetc. 当時のアメリカは正にドン底時代だった。

見渡す限り暗闇だらけの現実において、多くの人命を救った機長は、光を照らす唯一のヒーローだとマスコミは持ち上げるが、其の分、バッシングの標的と化し、家族も苦しめられる。

しかし、長引く審議に精神を折れず、機長は最後まで真実を説き、無罪を掴めたのは、決して自分だけの手柄で起こした奇跡ではなく、副操縦士、CA、管制官、そして、レスキュー隊etc. 多くの協力が合致して、成立できた事を充分に理解し、素直に感謝している人間だったからに尽きる。

テレビをつけると、いつもトランプとヒラリーが罵り合っている今のアメリカ。

醜くて呆れるばかりである。

あの日の空の出来事を通して、アメリカ国民の一人一人の良心をイーストウッドは改めて問いたかったのかもしれない。

では最後に短歌を一首

『空に帰す 沈む翼に 問う現実(いま)を 机上の嵐 夜明けに駈ける』by全竜

全竜(3代目)