「どんな部屋でも生きていく」ルーム 浮遊きびなごさんの映画レビュー(感想・評価)
どんな部屋でも生きていく
第88回アカデミー賞で主要4部門にノミネート。
7年間監禁されていた女性と、その間に生まれた息子を描いた、全米ベストセラーの映画化作。
『監禁事件の被害者とその家族』という、言ってしまえば特殊な設定。
当事者でもなければそこに渦巻く葛藤を想像するのは難しいと思うが、
それでも治療のプロセスや登場人物たちの感情の流れは極めて自然に感じた。
それに、タイムリーという書き方も不謹慎だが、くしくも日本で2年間に渡る
監禁事件が解決して大きな話題となったばかりなのも、この物語を身近に感じた理由。
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まずは役者陣について。
アカデミー賞主演女優賞を受賞したブリー・ラーソン。まず見た目からしてだが、
日に当たっていないような生白い皮膚や吹き出物が長年の監禁生活を物語っているようでリアル。
さらに、倦怠感と緊張感が入り混じったような普段の表情や、
苛立ちを抑えている時のピリピリした表情も真に迫っていて見事。
そしてその息子のジャック役、ジェイコブ・トレンブレイ。
ほとんど“親子”という役をラーソンと二人一役で演じたと言えるくらいの名タッグ!
たどたどしいがナチュラルなセリフ回しや、癇癪を起こしたり
母親以外の人を怖がったりする様子など、その説得力ある演技に舌を巻いた。
脇を固めるキャラクター達もグッドだ。
壊れかけている娘と辛抱強く向き合う母親役のジョアン・アレンは素晴らしいし、
継父の、他者に慣れないジャックを怖がらせないようにする機転と優しさも沁みる
(あれは血縁で無いからこその距離感かもだが、それでも超ナイスガイじゃん、彼)。
一方で、W・H・メイシー演じる実父の、愛する娘が生んだ子の顔をまともに見られない心境も分かる。
あ、あと、黒人婦警さんの親身な態度と判断力は警視総監賞もの!(←それアメリカにもあるの?)
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命からがら逃げ出すことはできたが、ジョイは事件前と全く同じ生活には戻れない。
両親は疎遠になってしまっているし、世間の好奇の目にも晒される。
楽しかった青春時代も、思い描いていた夢も、年月と共に根こそぎ奪い取られてしまっている。
母親としての重圧ものしかかる。
監禁事件の被害者であるジョイにとって、“部屋”は異常で、穢らわしく、壊れた世界でしかない。
だけどそんな壊れた世界でも、それしか知らずに育ったジャックにとってはごくごく正常な世界。
狭い“部屋”しか知らないジャックは、母親以外の人間と話せないばかりか、階段の登り降りすら
まともにできない。挙げ句は“部屋”に戻りたいとゾッとするような駄々までこねる始末。
とどめはあの残酷なインタビュアーの質問だ。
「息子のことを思うなら、なぜ息子だけでも助けようと思わなかったのか?」
地獄のような生活の中で、ジャックはジョイにとって唯一の生きる希望だったんだろう。
ジョイが息子を愛する気持ちに決して嘘はないだろう。
だがあの質問はジョイを絶望のどん底に突き落とした。
ジャックを手元に残したのはすべて彼女が精神(こころ)を保ちたいが為のエゴで、
そのエゴの為に大事な息子を社会に適応できない子どもにしたということでもあるのだから。
(それは確かに正論かもしれないが、そんな残酷な事を良識ぶって言える神経を疑う)
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内容だけを追えば、この映画は暗く重いものに思える。
だけど、初めて広い世界に触れた子どもの無邪気な視点を中心とした語り口、
そしてとてつもなく優しい音楽が、この物語に暖かい光をもたらしてくれていた。
広い世界に戸惑いつつも、ジャックは少しずつ環境に慣れていく。
ガイドは勿論必要だけど、幼い子どもは弱そうに見えて案外強い。
それに、心を磨り減らしてしまったママを、それでも大好きでいてくれる。
映画のラスト、“部屋”の思い出ひとつひとつに別れを告げたジャック。
あの子はこれから先、普通の子どもらしい生活を送っていけるのだろうか。
そして、再訪した“部屋”に向かって小さくさよならを呟くジョイ。
あの時ようやく彼女は部屋から抜け出すことができたのだろうか。
分からないが、あの二人は少しずつ前へ進んでいる。
拙く微かに、だが確かに、この物語の先には希望が存在している。
どんなに悲惨な目にあっても、どんなに立ち直るのが困難に思えても、
支えてくれる人々と共に歩めば――それはじれったいほどゆっくりとかもしれないが――
必ず物事は良くなる。いや、良くなると信じて前へ進むしかないんだろう。
映画を最後まで観た後に残ったのは、そんな前向きで清々しい後味だった。
<2016.04.09鑑賞>
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余談:
本作のマスコミと野次馬を見て、先の事件でのメディアの喧騒ぶりが脳裏をよぎった。
あれ、何も知らない人間が被害者の傷口に塩を塗り込んでるようにしか見えなかったもの。
被害者の名前は公になっちゃってるし、事情を知らない人間が勝手な想像で
あれこれ書き(掻き)立てると、被害者家族が元の生活に戻るのを困難にするだけに思える。
色々知りたい気持ちは抑えて、しばらく事件を忘れておいてあげるのが一番なんだろう。