劇場公開日 2016年8月26日

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「新海誠の新境地」君の名は。 ヨックモックさんの映画レビュー(感想・評価)

3.5新海誠の新境地

2016年8月28日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

新海誠の新しい境地。彼を再評価せねばなるまい。

はっきり言って、俺は新海誠の作品が嫌いだ。
確かに背景は綺麗かもしれないが、それとクサいポエムくらいにしか個性が見いだせず、その2つの要素を中心にしてなんとなくの雰囲気優先で作られた同人っぽいアニメはどれも演出と設定が無駄だらけ。ちゃんと考えて真面目に作ってるのか?と疑問に感じてしまうほどに意図を汲み取れない適当な描写が多々見られる。『言の葉の庭』など観てて憤りを覚えたほどだ。結局、絵とポエムに魅せられた信者に支えられたお山の大将的な、いけ好かない監督…それが、自分の新海誠への正直な印象だった。

ところが本作は先に挙げた致命的に不愉快な要素はなりを潜め、しっかりと、普通の、まっとうな、良質なエンターテインメントとしての、アニメーション映画に仕上がっているのだ。
これまでの新海作品の比ではく宣伝広告に予算をかけているイメージがあったが、実際それに見合う作品だった。現時点での新海誠の最高傑作と断言してもいいだろう。

とはいえ、ツッコミどころは満載だ。雑な設定も沢山ある。
毎日ケータイやテレビを見てたら時間軸のズレなんてすぐ気付くだろうし、口噛み酒が都合のいいタイミングでの入れ替わりのキーファクターになるのはあまりに唐突で強引すぎやしないか。そこそこの標高の山にダッシュで登り下りするシーンがあるが、そんなカジュアルに行き来できるような場所にも見えない。ラストシーンもなんで駅から飛び出て住宅地を彷徨うのか?新海誠のいうカッコいいシーンに無理やり繋げる不条理な演出とはまさにこういうことだろう。また、それぞれ入れ替わりの順応が不自然にできていて共感できない。
そして、いつのまにか2人の間に確たる恋愛感情が出来ていたのかも唐突感があって釈然としない。“なんとなくいつのまにか特に理由もなく入れ替わりの相手と相思相愛の仲になっている”のがなんか気持ち悪い。

しかしながら、それらの矛盾点やら不自然な点を、これまでの新海作品のように、意図がまったく読み取れない手抜きのような印象ではなく、作品全体の主題を描くために発生してしまったある種の歪みとして、好意的に処理できるのだ。だいたい半分くらいは。
それくらい、演出も、細かい描写を含めたキャラクター設定や登場人物の数も、過不足がなく適度な、みていて心地のよい作品になっていた。

予告編やキービジュアルや主題歌、ないしはこれまでの新海誠作品の補正で誤解してしまいがちだが、この作品は「恋愛映画」ではないと思っている。主題は「人の縁」であり、それをファンタジックな胡蝶の夢のという切り口のシナリオで語られていて、そして新海誠の美しい美術がそういった組み合わせの世界観を最大限に活かしきっている。観た時の感じは、どことなく『クラウド・アトラス』を観た時の感覚に少し似ている。
目まぐるしく変わる入れ替わった日常シーンや徐々にあきらかになっていくミステリアスな展開は、軽妙なテンポで進んでいて退屈しない。特に冒頭、始めて入れ替わった寝起きの直後に、その次の日のシーンを挟んだ演出はとても印象的だった。
物語のテンションのピークが、実は村が滅びていたという事実の発覚であり、その後は(前述のムチャな設定が目立つこともあり)尻すぼみになってしまっているのは少し残念だったか。

キャラクター設定は、本当にいままでの新海誠の作品からすると嘘のように過不足がない。自然とシナリオの中で語られるキャラクターの立ち位置がしっかり物語を回す歯車となり噛み合っていて、不要なものがあまり見当たらない。特に田舎の民話やら神職としての行為が、まったくクドくなく、リアリティのある設定の中で混ぜ込まれていてそれが物語の主題を描く要素になっているというのが印象的だった。

東京都心と北陸のクソ田舎というふたつの世界を行き来する設定は、新海誠の素晴らしい背景美術の魅力を最大に引き出している。写実的なのに果てしなく幻想的なその生活空間を、パキッとした人工物とやわらかな自然の色合いを行ったり来たりしながら、それぞれの良さを味わえて最高だった。

まぁおっぱいは揉むよね。それがリアル。そうしないのが非現実的。

これまで新海誠を嫌っていた人も、騙されたと思って1度観てみてはいかがだどうか。

ヨックモック