スポットライト 世紀のスクープのレビュー・感想・評価
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真実は「この眼で見るまで」わからない
西欧諸国、特にアメリカ合衆国で「ゴッド」「神」の威光を背後に見せるものは、絶対的な権力を手にする。
何をやっても許されてしまう。
「すべては神の御意志だ」といえば「つじつま」があってしまう。
それは「正義」にも姿を変える。
国同士が「正義のために」「神のために」時には戦争で、人を殺すことさえ「神の祝福」が与えられる。
それに比べれば、神父が子供達に、性的ないたずらをするのは「神の側」である協会側にとっては、きっと取るに足らないことなのだろう。
こどもたちのその後の人生に、一体どのような、大きな痛手と苦悩と影響を与えようが、知ったことではないらしい。
全ては「神の御意志なのだ」で済ませてしまう。
そんな、驚くべき「タブー」が、ようやく世の中に知らされたのが21世紀に入ってから。ついこの間のことなのだ。
それ以前、この問題が表に出なかったこと自体、驚嘆すべき出来事だ。
その教会の「タブー」を報じたのは、アメリカの地方新聞「ボストングローブ紙」である。
本作は、その真実の物語を元に、記者や、裁判に関わった弁護士たちの人間群像を描くものである。
本作は「アカデミー作品賞」を受賞している。
それは、このカトリック教会に潜む「腐りきった根っこ」を、世間の目にさらすという、途方もないインパクトを、アメリカ社会に与えたことにあるのだろう。
なぜいままで、この問題を新聞報道しなかったのか?
なぜ、いままで誰も、この問題を映画化しなかったのか?
うがった見方をすれば、本作を「アカデミー受賞作」に祭り上げることで、ハリウッドや映画界、マスコミは、自分たちへの火の粉を防ぐ「ファイヤーウォール」あるいは「免罪符」にしているのではないか? とさえ思ってしまった。これはあくまでも私の個人的意見である。
ただ、本作でも描かれているが、神父の子供達への性的虐待については、早くから報道され、裁判にさえなっていた。
しかし、記事の扱いはごく小さなものであり、裁判沙汰もうやむやになってしまっていた。その被害者の子供達を守った、弁護士役を演じるのがスタンリー・トゥッチだ。
私が本作で最も心惹かれたのが、この役者さんの存在感だった。
彼はトム・ハンクス主演の「ターミナル」
https://www.youtube.com/watch?v=KoVxGKFDCjU#t=153.083107
や「プラダを着た悪魔」
https://www.youtube.com/watch?v=x9OIvwy5YV0
それにアメリカでリメイクされた「Shall we Dance?」
https://www.youtube.com/watch?v=hoHrIxIQXZM
で抜群の演技を見せてくれた。
本作では、カトリック教会の「大罪」を告発したが、それを圧力によって封印されてしまった過去を持つ、気難しい弁護士を演じる。
彼の演技プラン、人物造形は実に見事だ。
彼はボストングローブ紙が、協力を要請してきても、最初は全く協力しようとはしない。
「相手は”カトリック教会”なんだぞ! 君たちが勝てる相手じゃない」
ボストングローブの熱血記者はそんな彼に対して
「今も、罪のない子供たちが、神父の餌食になってるんだ」
「たとえ”ヴァチカン”に乗り込んでも、この事実を暴いてみせる!」
そうなのだ。この衝撃の事実は、実に根深い。
なお、私も含め「日本人」は、宗教について、さほど強い関心を示さず「無神論者」を決め込んでいる人が多い。
また宗教こそ「人生の道標なのだ」という人は少数派だ。
しかし……。
アメリカという国では、子供の頃から宗教教育を叩き込まれるのである。以前「りんぼう先生」こと、林望さんの、イギリス留学中のエッセイを読んだことがある。
意外にもイギリスでは、それほど信心深い人は少ないという。
りんぼう先生は、イギリス留学時代、古いマナーハウス(中世ヨーロッパの領主邸宅)に滞在していた。
(ちなみに滞在費は結構安いらしい)
そこに、あるアメリカ人女性が滞在していた。彼女はある日、ラッキーな出来事があり、感激のあまり、庭先で神に感謝を捧げていたらしい。それを見つけたマナーハウスの女主人。
走り込んできて、そのアメリカ人女性に放った一言。
「やめてちょうだい! そんな馬鹿げたこと」
「りんぼう先生」はその一部始終を目撃しているのである。
アメリカとヨーロッパでは、キリスト教に関するスタンスが、どこか違うらしいのである。
宗教にしろ、政治にしろ、巨大な権力は、どこからか腐敗が始まる。
それは世の常といったところかもしれない。
かつて日本でも、田中角栄氏が逮捕された「ロッキード事件」があった。
そのきっかけとなった、立花隆氏の文藝春秋レポート記事「田中角栄研究」
その後、他の新聞記者たちは、田中逮捕後に、悔し紛れにこういったという。
「あの程度の情報は、俺たちはとっくに掴んでいた」
だったら
なぜ記者は記事を書かなかったのか?
なぜ総理大臣の不正を暴こうとしなかったのか?
私には忘れられない、出来事がある。
「心の友」とでも言うべき、敬愛してやまないネット作家がいる。
その方が2012年6月23日
「大変なことが起こってます!すぐにこの動画をみてください!!」
とメールを送ってくれた。
私はすぐにリンク先の動画をみた。その動画の撮影者はタクシーに乗り、ゆっくりと首相官邸前を車で一周した。その先に映っていたのは……。
断固とした姿勢で首相官邸を取り囲む「一般市民たち」の姿だった。
https://www.youtube.com/watch?v=rdkTDjHXUkU
「一般市民が首相官邸を取り囲んで抗議行動をした!?」
これは日本という「国家を揺るがす」とんでもないニュースだと思った。
新聞の一面トップを飾ってもおかしくない出来事だ。
私は翌日、朝一番のテレビを見た。
どの局も首相官邸で起きていることを報道しなかった。
私がこの事実をメールで初めて知ったのち、テレビ及び新聞などのマスメディアは、一斉に沈黙した。
その間、実に「一週間」
真実を報道するべきはずの「新聞・テレビ」は、一切、固く口を閉ざしたのだ。
首相官邸で実際には何が起きていたのか?
誰も何も言おうとはしないのだ。
あきらかな「箝口令」である。
私はこの国が恐ろしくなった。
「大本営発表はまだ続いているのだ……」
そうだ。それは”記者クラブ”という名に変わっているだけなのだ。
私たちは、何を信じたらいいのか?
自分の目で見つめること。
自分の眼の前で起こっていること。
その事実を淡々と受け止める、心の準備をしておこう。
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天見谷行人の独断と偏見による評価(各項目☆5点満点です)
物語 ☆☆☆☆
配役 ☆☆☆☆
演出 ☆☆☆
美術 ☆☆☆
音楽 ☆☆☆
総合評価 ☆☆☆
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作品データ
監督 トム・マッカーシー
主演 マーク・ラファロ、マイケル・キートン
スタンリー・トゥッチ
製作 2015年 アメリカ
上映時間 128分
予告編映像はこちら
https://www.youtube.com/watch?v=h8TwCzA59Lg
マークラファロの演技にグッときた!
いいドキュメンタリー
2001年、もう大学生だったはずなのに、全くこのニュースを知らなかった。
エンドロールで流れる都市の多さに驚きつつも、淡々とこの映画を観れてしまうのは、やはり私がカトリック信者ではなく、また無関心な日本人だからだ。
このニュースだけではなく、もっと知っているはずのニュースがあるはずなのに、ニュースになり、知る機会があるものも、ほとんどしらないまはま、無関心で生きている
当時のニュース、調べてみよう
良かった!
タイトルなし(ネタバレ)
テーマソングが一曲だったのがかなりの衝撃。 字幕で見たが大満足 さすがアカデミー賞だと思った。エンディングの都市の名前が上がったときはゾッとした。実話に基づく映画という反響はかなり大きいと思う。
仕事人としてのプライド
報道とは
2016年のアカデミー作品賞を獲得作品。
映画のストーリーはアメリカの新聞社であるThe Boston Globe誌の記者がボストンにあるキリスト教カトリック教会の神父達が信者の子供達に性的虐待をしていた事実を突き止めます。
その事実を教会ぐるみで隠蔽していたのです。
ボストンは地元意識が高く教会と住民は密接に繋がっています。住民達にとって教会はなくてはならないもの。
その教会でこの様なことが行われている。
そして神父たちは被害にあった子供達にその事実を黙っているようにプレッシャーをかけている。最悪ですね。
日本では宗教感が薄く教会との関係性を肌感覚で理解するのは難しいとは思いますが、記者たちの真実を追求し報道し二度とこの様なことのない世界を作らなければならないと言う使命感に突き動かされている姿勢は人種や国が違えども同じと思います。
派手な映画ではないですが、見て損はない映画ですね。
昔見た映画で『大統領の陰謀』と言う作品がありました。
同じ記者たちがウォータゲート事件を暴くと言う映画です。
その映画を思い出しましたね。
報道は行き過ぎることもあるしこの様な正義感を持ってる記者たちばかりではないと思います。
報道はともすれば間違って報道しそれによって人生が狂ってしまうこともある。
だからこそしっかりとした報道をしてもらいたいと思いますね。
記者を追うことに徹底している
タイトル通り、記者に焦点を当てた作りになっています。なので、この事件そのものの描写などを期待していると思ってたのと違うかな、となるかも知れません。
そして、個人的にはとても満足。事件そのものの是非を問うのは勿論そうなのだけど、メディアとは、仕事とは、人としてのありかたとは、そういったものを記者たちを通して自分にも問いかけるような映画でした。
カトリック教会の異常性に吐き気がした!
正直、アカデミー賞の作品賞と脚本賞のW受賞の前評判は期待外れだった。ありふれたドキュメンタリー映画を観ているようで退屈だった。息もつかせぬ展開を期待する人にはお勧めできない。
「ボストン・グローブ社」の新任局長が、同紙の特集記事「スポットライト」に過去、取り上げたことがある「神父による児童性的虐待」を深堀するよう、「スポットライトチーム」のボスに指示するところから映像が展開する。取材は、被害者家族が相談した弁護士のヒアリングから始まるが、弁護士が何人も登場し、しばらくは名前と顔が一致しない。そんな観客を置き去りに、記者と弁護士との意味不明な展開が延々と続く。
児童性的虐待がテーマの映画にも関わらず、性的虐待シーンがない。被害者による状況説明だけでは観客の感情を揺さぶれない。被害者の取材映像は多い一方、加害者神父の取材映像は、元神父を訪ねたときの1,2分のシーンだけ。元神父は何か言いたそうだが、家族が記者を追い払い、そこで取材は終わってしまう。加害者神父の名前は、セリフの中には繰り返し登場するが、映像はおろか写真も見せない。なぜだ?カトリック教会は治外法権か。事件を隠匿したとされる司教は、事件について何も語らず。事件公表後、司教はバチカンに異動し、位が上がったと言う。
最後、「スポットライト」欄が取材記事で埋め尽くされた新聞が市民に配達される。「ボストン・グローブ社」の幹部が苦情電話と抗議デモを心配する中、「スポットライト」担当室の電話が次々に鳴り始める。電話の主は、今まで口を閉ざしていた被害者家族だった。「ボストン・グローブ社」は加害者神父を80人と発表したが、その後の取材で143人に訂正、被害者は1,000人を超えた。こればボストンだけの数字。この取り組みは全米各地に広がり、その地名を紹介して映画は終わるが、その後のカトリック教会については何も語らない。消化不良のまま、映画館を後にした。
そんなに・・
記者の魂を緻密に描いた秀作
神父の性犯罪を暴き、一面記事に掲載したアメリカの新聞『ボストン・グローブ』の記者たちの記者生命を懸けた戦いだ。神父の背後にはカトリック教会という大きな組織が存在し、この事実を長い歴史上で隠蔽をしてきたことで教会も共犯となり、関わった神父も予想以上に多数いることで結果的に全米を震撼させる大事件となった。
本作で予想以上に興味深かったのは記者が事件を暴く前提にあるもの。仕事量や仲間との連携から個々の仕事に対する価値観までこれまで自分がイメージしていた記者という存在を覆させられた。今回の事件に関わった記者は少人数チームのため、これらの部分が出色して見えたと言われればそれまでだが、逆を返せばこの部分を抽象的に描くのではなく、終始徹底して記者たちの日々を描いたトム・マッカーシー監督はじめスタッフ陣の手腕が高いことを示している。
とはいっても本作のテーマはカトリック教会の暗躍にある。前述にも述べたが、事件を調べていくうちに予想以上に関わっている神父が多い事実に直面してから記者たちの忙しない行動が目立つ。その中で虐待を受けていた被害者や弁護士と話していると責任は自分たちにもあるのではないかという疑問も生まれる。だからこそこのスキャンダルを上辺だけで終わらせるのではなく根底から根絶やしにすることを目的としている。
記者、弁護士、神父・・・等、次々と現れる人物を理解しながら物語を追っていくのは難しい映画といえる。だが、名前を覚えるよりも「スポットライト」に関わった記者たちの心情を垣間見たほうが本作の魅力に迫る近道と言っていい。役者としてもさることながら役どころもベテランの人間という共通点で鋭い演技をしたウォルター役のマイケル・キートン、突出した考えでスクープに一目散のマイク役はマーク・ラファロ、唯一の女性といってもいい大事なポジションにレイチェル・マクアダムスと申し分ない役者陣が出揃っている。
細かいところで良かった点もいくつかあったが、特に良かったのはさりげなく9.11同時多発テロの話題を盛り込んでいたことだ。性的虐待の件で駆け抜けるのかと思っていたが、中盤でこのことを導入することにより記者としての本質を我に返るかのように感じ始める記者たちの様子が印象的。
体が熱くなってきた
テンポの良さと熱意に引き込まれた!
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