劇場公開日 2016年4月15日

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「真実は「この眼で見るまで」わからない」スポットライト 世紀のスクープ ユキト@アマミヤさんの映画レビュー(感想・評価)

3.5真実は「この眼で見るまで」わからない

2016年5月6日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

怖い

興奮

知的

西欧諸国、特にアメリカ合衆国で「ゴッド」「神」の威光を背後に見せるものは、絶対的な権力を手にする。
何をやっても許されてしまう。
「すべては神の御意志だ」といえば「つじつま」があってしまう。
それは「正義」にも姿を変える。
国同士が「正義のために」「神のために」時には戦争で、人を殺すことさえ「神の祝福」が与えられる。
それに比べれば、神父が子供達に、性的ないたずらをするのは「神の側」である協会側にとっては、きっと取るに足らないことなのだろう。
こどもたちのその後の人生に、一体どのような、大きな痛手と苦悩と影響を与えようが、知ったことではないらしい。
全ては「神の御意志なのだ」で済ませてしまう。
そんな、驚くべき「タブー」が、ようやく世の中に知らされたのが21世紀に入ってから。ついこの間のことなのだ。
それ以前、この問題が表に出なかったこと自体、驚嘆すべき出来事だ。
その教会の「タブー」を報じたのは、アメリカの地方新聞「ボストングローブ紙」である。
本作は、その真実の物語を元に、記者や、裁判に関わった弁護士たちの人間群像を描くものである。
本作は「アカデミー作品賞」を受賞している。
それは、このカトリック教会に潜む「腐りきった根っこ」を、世間の目にさらすという、途方もないインパクトを、アメリカ社会に与えたことにあるのだろう。
なぜいままで、この問題を新聞報道しなかったのか?
なぜ、いままで誰も、この問題を映画化しなかったのか?
うがった見方をすれば、本作を「アカデミー受賞作」に祭り上げることで、ハリウッドや映画界、マスコミは、自分たちへの火の粉を防ぐ「ファイヤーウォール」あるいは「免罪符」にしているのではないか? とさえ思ってしまった。これはあくまでも私の個人的意見である。
ただ、本作でも描かれているが、神父の子供達への性的虐待については、早くから報道され、裁判にさえなっていた。
しかし、記事の扱いはごく小さなものであり、裁判沙汰もうやむやになってしまっていた。その被害者の子供達を守った、弁護士役を演じるのがスタンリー・トゥッチだ。
私が本作で最も心惹かれたのが、この役者さんの存在感だった。
彼はトム・ハンクス主演の「ターミナル」
https://www.youtube.com/watch?v=KoVxGKFDCjU#t=153.083107

や「プラダを着た悪魔」
https://www.youtube.com/watch?v=x9OIvwy5YV0

それにアメリカでリメイクされた「Shall we Dance?」
https://www.youtube.com/watch?v=hoHrIxIQXZM

で抜群の演技を見せてくれた。
本作では、カトリック教会の「大罪」を告発したが、それを圧力によって封印されてしまった過去を持つ、気難しい弁護士を演じる。
彼の演技プラン、人物造形は実に見事だ。
彼はボストングローブ紙が、協力を要請してきても、最初は全く協力しようとはしない。
「相手は”カトリック教会”なんだぞ! 君たちが勝てる相手じゃない」
ボストングローブの熱血記者はそんな彼に対して
「今も、罪のない子供たちが、神父の餌食になってるんだ」
「たとえ”ヴァチカン”に乗り込んでも、この事実を暴いてみせる!」
そうなのだ。この衝撃の事実は、実に根深い。
なお、私も含め「日本人」は、宗教について、さほど強い関心を示さず「無神論者」を決め込んでいる人が多い。
また宗教こそ「人生の道標なのだ」という人は少数派だ。
しかし……。
アメリカという国では、子供の頃から宗教教育を叩き込まれるのである。以前「りんぼう先生」こと、林望さんの、イギリス留学中のエッセイを読んだことがある。
意外にもイギリスでは、それほど信心深い人は少ないという。
りんぼう先生は、イギリス留学時代、古いマナーハウス(中世ヨーロッパの領主邸宅)に滞在していた。
(ちなみに滞在費は結構安いらしい)
そこに、あるアメリカ人女性が滞在していた。彼女はある日、ラッキーな出来事があり、感激のあまり、庭先で神に感謝を捧げていたらしい。それを見つけたマナーハウスの女主人。
走り込んできて、そのアメリカ人女性に放った一言。
「やめてちょうだい! そんな馬鹿げたこと」
「りんぼう先生」はその一部始終を目撃しているのである。
アメリカとヨーロッパでは、キリスト教に関するスタンスが、どこか違うらしいのである。
宗教にしろ、政治にしろ、巨大な権力は、どこからか腐敗が始まる。
それは世の常といったところかもしれない。
かつて日本でも、田中角栄氏が逮捕された「ロッキード事件」があった。
そのきっかけとなった、立花隆氏の文藝春秋レポート記事「田中角栄研究」
その後、他の新聞記者たちは、田中逮捕後に、悔し紛れにこういったという。
「あの程度の情報は、俺たちはとっくに掴んでいた」
だったら
なぜ記者は記事を書かなかったのか?
なぜ総理大臣の不正を暴こうとしなかったのか?
私には忘れられない、出来事がある。
「心の友」とでも言うべき、敬愛してやまないネット作家がいる。
その方が2012年6月23日
「大変なことが起こってます!すぐにこの動画をみてください!!」
とメールを送ってくれた。
私はすぐにリンク先の動画をみた。その動画の撮影者はタクシーに乗り、ゆっくりと首相官邸前を車で一周した。その先に映っていたのは……。
断固とした姿勢で首相官邸を取り囲む「一般市民たち」の姿だった。
https://www.youtube.com/watch?v=rdkTDjHXUkU

「一般市民が首相官邸を取り囲んで抗議行動をした!?」
これは日本という「国家を揺るがす」とんでもないニュースだと思った。
新聞の一面トップを飾ってもおかしくない出来事だ。
私は翌日、朝一番のテレビを見た。
どの局も首相官邸で起きていることを報道しなかった。
私がこの事実をメールで初めて知ったのち、テレビ及び新聞などのマスメディアは、一斉に沈黙した。
その間、実に「一週間」
真実を報道するべきはずの「新聞・テレビ」は、一切、固く口を閉ざしたのだ。
首相官邸で実際には何が起きていたのか?
誰も何も言おうとはしないのだ。
あきらかな「箝口令」である。
私はこの国が恐ろしくなった。
「大本営発表はまだ続いているのだ……」
そうだ。それは”記者クラブ”という名に変わっているだけなのだ。
私たちは、何を信じたらいいのか?
自分の目で見つめること。
自分の眼の前で起こっていること。
その事実を淡々と受け止める、心の準備をしておこう。

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天見谷行人の独断と偏見による評価(各項目☆5点満点です)
物語 ☆☆☆☆
配役 ☆☆☆☆
演出 ☆☆☆
美術 ☆☆☆
音楽 ☆☆☆
総合評価 ☆☆☆
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作品データ
監督   トム・マッカーシー
主演   マーク・ラファロ、マイケル・キートン
     スタンリー・トゥッチ
製作   2015年 アメリカ
上映時間 128分
予告編映像はこちら
https://www.youtube.com/watch?v=h8TwCzA59Lg

ユキト@アマミヤ