「完璧な脚本と体現したボイル監督」スティーブ・ジョブズ 森泉涼一さんの映画レビュー(感想・評価)
完璧な脚本と体現したボイル監督
アップル社の共同創業者スティーブ・ジョブズの伝記映画として世に送り出されたが、本作を伝記枠として括るのは間違いである。
2013年に同タイトルで公開された主演アシュトン・カッチャー版ジョブズ。伝記という意味ではこちらのほうが相応しい。全体を通してジョブズに似せようとメイクからカッチャーの演技まで注力していたことが垣間見れる上に彼の半生を描くという意味でもこの一本を見れば大体は理解できる。ただ、映画の出来として本作ダニー・ボイル監督版ジョブズとは雲泥の差がある。
本作はジョブズの人生の分岐点に焦点を当てている。Macintosh発表、ネクストの発表、そしてiMac発表だ。故にこれらの前後に起きた出来事は詳しく描かれていない。踏み台替わりにカッチャー版ジョブズを鑑賞すれば、批判まみれで消えた前作の価値も少しは上がるだろう。
前述通り本作は3部作構成。それぞれがジョブズの起点となっており、この描き方が伝記とかけ離れた3部の劇を見ている心地よい感覚に浸れる。そして、元々は舞台監督であったダニー・ボイル監督がこの脚本を映画化した時点でこの映画の成功は約束されても同然。
その中でも魅了されるのが年代に合わせた空間づくりだ。Macintosh発表の1984年は16mmフィルム撮影を駆使しレトロな映像で時代背景を表現。年代が変わりiMac発表の1998年には現代主流であるデジタル撮影で繊細な映像美を披露。3部それぞれがオリジナルの特徴を醸し出していることで全体的にオシャレな映画となっている。
伝記映画といえば対象の人間にどこまで近づけるかというのが期待するところでもあるが、本作の主演マイケル・ファスベンダーは1部である1984年から意識はしていないようで、監督もそこは気にしていなかったらしい。確かに仕草や話し方でジョブズの人間性は垣間見れるが外見はファスベンダーそのまま。これは一貫して意識していなかったことらしいのだが、驚くのは3部でのファスベンダーだ。姿を現すとジョブズが蘇ったかのような風貌で登場する。これには監督も驚きを隠せなかったらしいが、考えれば1部から似せようとしていなかったのにここで急に頑張るのも不自然な話。これが自然と出来上がったジョブズという信憑性が高い出来事となると冒頭からの素晴らしい空間づくりの賜物と感じる。