永い言い訳 : インタビュー
本木雅弘×西川美和 16ミリフィルムに焼き付けた喪失と再生の物語
「愛するべき日々に愛することを怠ったことの、代償は小さくはない」「人生は、他者だ」――。人間の心の奥底を見つめ、とりわけ男性心理を鋭く描き出すことで定評のある西川美和監督が、直木賞候補作になった自著を映画化。「おくりびと」以来7年ぶりに映画主演を務める本木雅弘が、これまでのイメージを覆すような、どこか憎めないダメ男の主人公をチャーミングに好演しており、西川監督は「世間に知られていない本木さんの面白さ、人間的な魅力」が見どころだと語る。(取材・文/編集部、写真/松蔭浩之)
本木が演じる衣笠幸夫は、ハンサムで弁が立ち、テレビ番組にも出演する流行作家。歪んだ自意識とコンプレックスを抱える主人公が、関係の冷え切った妻の死をきっかけに、人生や愛の定義を見つめなおしていく喪失と再生の物語だ。西川監督が師事する是枝裕和監督が脚本を読み、本木と幸夫の性格が似ていると指摘したことが、オファーのきっかけになったそうだ。
西川「(本木が出演していた)周防正行監督の作品を拝見して思っていたのは、二枚目なのにコミカルな部分があって、いろんな困難に体当たりでぶつかって七転八倒するひたむきなさまが、とても魅力的だなと。自分の書くキャラクターの年齢と本木さんのそのときの年齢が合えば、いつかご一緒したいと願っていましたし、俳優本人がどういう人物であるかというのは、演出家として私にとっては重要なので、リンクするものがあれば話は早いと、躊躇なくお願いしてみたわけです」
本木にとって、長いキャリアの中で初めての女性監督との仕事となった。「女性は絶対的に尊重すべき存在で、ミューズのように崇めたいと思う一方で、とても強くて怖い」という意識を常に持っていると明かす。
本木「特に映画の現場はものすごく男社会なので、そこで自分のカラーを出し続けている西川さんは、どれだけ強い人なんだろうと。期待と同時にどんな風に接したらいいのか少しおびえていました。お会いしたら、僕の冗談を受け止めてくれながらも、つま先から観察されるように瞬時に捕らえられてしまった。撮影の間も、僕の不器用さや無様さを手に取るようにすくい取られて。監督の言葉を借りて言えば、自分のボロさを配り歩くような人間だそうで……(笑)」
西川「そこがとてもチャーミングなんです。今まで、そういう部分を売りにしてきていない方だけに、そこに境界線を作らずに表に出すやり方を、実は身につけてらっしゃらないのですよね。私はそこをどうやって無理なくフィルムに焼き付けるかというのを一年かけて探りました」
本木「監督にはよく『拘るわりにはちょっと詰めが甘い』『どこか、抜け落ちてるところがある』とか言われましたね」
西川「そういうことを、本木雅弘さんご本人にはっきり言えるようになるとは、オファーした時点では思っていませんでした。驚くほど人と垣根のない人なんです。どうしてみなさん、本木さんのこういう部分を活かさなかったのか、しめしめと(笑)。世間に知られていない本木さんの面白さ、人間的な魅力をこの映画で最大に発揮していただこうと」
本木「僕にとっては、狭い団地の中でドキュメンタリータッチで覗き見するように撮る、フットワークの軽さ、少人数体制の親密さも新鮮でした。終わってしまうと、すべてが幻だったかのように感じますが、監督やスタッフの懸命さに触れることができた作品で、ゴールまでどうにか、という思いを普段より強く持っていました」
3・11の大震災を経験した後、「大切な人との愛に包まれた別れではなく、後味の悪い別れ方をした人の話を書いてみたかった」という西川監督。突然家族を失った人間が、新たに出会った他者と新たな関係を築き、人生を取り戻すさまを、まずは小説という形で発表した。
西川「重要なのは出来事以上に、主人公の心の旅。映画のシナリオを書く時は、どうしてもロケーションや撮影方法など物理的な進行を優先させてしまいます。今回は、映画的な作り方は脇において、人物や設定を制限なく書いてみたかったんです。小説は予算や時間に縛られずに、自分の言葉を尽くして、深く心の中に潜ることができるので、自由で楽しい。ただ、私の言葉すべてで責任を取らなくてはいけないので、言葉だけで物語を完結させるのは大変な仕事でした」
本木は「監督は小説と映画は別物だと仰いますが、小説で書かれた言葉が頼りになっていました」と振り返る。「原作の『愛するべき日々に愛することを怠ったことの、代償は小さくはない』という言葉、名フレーズの数々が、『永い言い訳』というタイトルと共に、ずっと頭の中を駆け巡っていた」、現場での監督の言葉に助けられ「小さな魂の震えが醸し出せた」と、役作りにおいても西川監督がつむぎだした言葉が重要な役割を果たした。
さらに、今作で特筆すべきは16ミリフィルムで撮影された映像の美しさだ。本木は「解像度が低い分だけその映像の甘さが、あのニュアンスを生み出しているんですか?」と西川監督に質問を投げかける。
西川「粒子の影響は大きいと思います。デジタルだとそれがまったくないので、あえて人工的な粒子を足して35ミリのフィルム感に近づけたりしますが、スーパー16の粒子の荒さやフィルム独特の色味の幅、デジタルでは表現しづらい柔らかさ、甘さがあります。デジタルの技術の台頭で、もはや、フィルムはなくなると一時期は危ぶまれていて、私は新作が3~4年に1本のペースなので、次回は世の中にフィルムがない可能性もある。だから今回はどうしてもフィルムでやりたかった。フィルムの現場で起きた欠点も、デジタルの後処理の技術でケアすることが可能になる充実した時代ですし。(撮影監督の)山崎裕さんがなるべく自然光ベースで、窓から差し込む太陽の光や生活空間の中にある限られた光源を無理なく利用したナチュラルさも作品に大きく反映されていると思います」
本木をはじめとする俳優陣が、家庭や社会でそれぞれの役割を持ちながら、欠損と痛みを抱える登場人物を豊かに肉付けし、誰もが共感を覚えるような愛すべき人間模様がノスタルジックな映像で繰り広げられる。見る者に優しい幸福感を与える今作は、西川監督、そして本木にとって新たな代表作になったといっても過言ではないだろう。