東京無国籍少女 : インタビュー
二十歳の新星・清野菜名 大切にしているのは「言葉にならない“空気感”」
撮影のために屋上に現れるやいなや、清野菜名は厚底のサンダルのまま金網に飛びついた。ジャングルジムを見つけた子どものように満面の笑みを浮かべて。まさに“天真爛漫”が服を着て歩いて……いや、飛び跳ねている。(取材・文・写真/黒豆直樹)
彼女がその魅力的な笑顔を封印し、映画単独初主演を飾ったのが押井守監督の最新作「東京無国籍少女」。演じたのは美術高等専門学校に通い、その才能で将来を期待されるも心の傷から不眠と鬱屈した思いに苦悩する少女である。過去にも華麗なアクションを披露してきた清野だが、本作では「これまでとは全く違った!」と語る衝撃的なアクションにも果敢に挑戦。心情表現と身体能力の両面で女優としてのポテンシャルの高さを見せつけている。
まずは主人公・藍の心情について。観客に詳細の説明がないまま、才能に恵まれながらも周囲の嫉妬や期待の中で苦悩する藍の姿が映し出される。「やり場のない思いを抱えていて、強いけれど寂しげな女の子」というのが押井監督に伝えられた藍の人物像だった。
「最初にいただいたのがザックリとしたプロット状態の薄い本で、細かい部分が全く想像できなかったんです。押井監督に『あとは現場で足していきたい』と言われて不安が一気に増しました。これまで、台本を読み込んで役を作って現場に入っていたので、アドリブが来たら対応できるのか? 温厚そうな監督が現場で豹変したらどうしよう? とか(笑)。実際の現場では監督は、丁寧に藍の内面や表情について、こちらが理解するまで説明してくださいました。ひとつ鍵になったのが瞬(まばた)き。私はドライアイで普段から瞬きが多いんですが『セリフが少ないのでその分、目や呼吸、表情で伝わる情報が多い。少し瞬きを我慢して』と。そこから目の動きにより集中するようになって、藍を掴む上ですごく大きなヒントとなりました」。
「TOKYO TRIBE」「少女は異世界で戦った」などから“アクション女優”という枕詞が先行しがちである。だが、本作で藍が見せる苦悩や葛藤、クライマックスでの感情の爆発は彼女の魅力がアクションにとどまらないことを証明している。大切にしているのは自分から発せられる「言葉にならない“空気感”」だという。
「今回も現場に入るまでは藍というキャラクターがぶれていたんですが、監督と話し合いながら固まっていくと、不思議と藍の空気感が自分の中に入り込んできて、演じながらそれが自分から出ているのがわかるんです。逆にその感覚を掴むまでは現場でも不安しかないですよ(苦笑)」。
そして、内面の表現とアクションは当然のように連動している。今回、初めて挑戦するタイプのアクションの中に銃を使った動きがあったが「最初、銃が全く手になじまなかったので『持ち帰らせてください』とお願いして、銃を抱えて電車で家に帰って(笑)、自分の部屋でガチャガチャと銃のマガジンチェンジ(※銃の弾倉の交換)の練習をしてました」と振り返る。
「そうして銃が手になじむと、余計なことを考えずに集中できるので、自然と動きの中で自分が純粋な兵士になったような気持ちになるんです。今回、撮影が順撮りで、自分の中に藍が憑依していく感覚が日増しに強くなっていったんですが、最後の2日間でクライマックスのアクションの撮影があって、その時はさらに、藍が全く別の人間になったような気持ちになりました。
先に挙げた銃を使ったアクションに、自分の体重を利用した軍人用の格闘スキル、ナイフで相手の頸動脈や腱をピンポイントで狙う動き。「初心者として一から教えてもらい、徹底的に動きを体に覚えこませた」というこれらのアクションを生で見た現場のスタッフからは「エヴァ(※エヴァンゲリオン)の初号機の暴走モードのよう!」という驚嘆の声が上がったという。清野自身、完成した作品を見て、特にラストを飾るナイフのシーンに「すごい!」と衝撃を受けたと明かす。それは自賛というよりも、初めて見る自分の姿への純粋な驚きだった。「いま思い返しても不思議なんですが……」と現場で感じた特別な感覚を明かす。
「このシーン、1回目のテイクで監督はOKだったんですが、それはおそらく最低ラインのOKで、自分でも悔しすぎて納得できずに『もう1回やらせてください』とお願いしたんです。それで2回目に臨んだら、周りは全く見えないのに、自分のアクションの部分だけがクリアになって、そこに向かって体が勝手に動いていくような、いままで感じたことのない感覚になったんです。気がついたら撮影が終わってました」。
10代で「バイオハザード」のミラ・ジョボビッチに憧れ「何よりもアクションがしたくて」この世界に足を踏み入れた少女は「TOKYO TRIBE」でヒロインを演じきった後「女優として生きる覚悟を決めた」という。そして、本作で初めて体験した衝撃と言いようのない喜び。二十歳の新星は一歩ずつ、一作ずつ階段を上がっている。
「いまは楽しいです。でも女優という仕事を知れば知るほど、大変な世界だなと肌で感じてもいます」。そう言って最後にもう一度、はじけるような笑顔を見せた。