われらが背きし者 : 映画評論・批評
2016年10月18日更新
2016年10月21日よりTOHOシネマズシャンテほかにてロードショー
本格スパイ小説のル・カレ原作だが、巻き込まれ型スリラーで体感度高し
英国の秘密情報部MI5とMI6を渡り歩き、のちに専業作家となったジョン・ル・カレ。その稀有なキャリアで得た知識と経験を注いだ本格スパイ小説で知られ、映画化も今回で10作目となる。ただ、近年の「裏切りのサーカス」や「誰よりも狙われた男」もそうだったように、その多くは主人公が諜報部員であるため、彼らの働きぶりや組織内外の力学など知られざるスパイ稼業の現場をのぞく知的刺激があるのと同時に、われわれ一般人には縁遠い別世界の出来事という印象も避けられない。
しかし、「われらが背きし者」でユアン・マクレガーが演じるのは大学教授のペリー。諜報も銃器も格闘も無縁だった普通の民間人が、たまたま旅先でロシアンマフィア幹部のディマ(ステラン・スカルスガルド)と知り合ってしまったため、ディマの亡命をめぐる危険な交渉と命懸けの脱出作戦に巻き込まれていく。この設定のおかげで、観客も「自分の身にこんなことが起きたら」と想像しやすく、スリリングな展開が過去のル・カレ原作映画に比べ格段に体感しやすくなっているのだ。
原題の「Our Kind of Traitor」は、平易な現代語で訳すなら「裏切り者の同胞」といったところ。マフィアの資金洗浄に手を貸す腐敗した英国の政治家たち(彼らの背信行為を示す情報を交換条件に、ディマは亡命と家族の保護をMI6に求める)を指すが、それだけではない。過去に浮気したペリーは妻の愛を取り戻そうともがき、ディマは愛する家族を救うために組織を裏切り、MI6側の交渉役ヘクター(ダミアン・ルイス)は正義を貫くため上司に背く。彼らもまた“背きし者”なのだ。私たちも長い人生のなかで、規模は小さくとも、大切なものを守るために属する組織や他者の意向に背いたり、過ちによって誰かの信頼を裏切ったりということを一度や二度は経験しているもの。今の時代に生きる私たちの宿命とも言うべき“裏切り”に向き合う人間くさいキャラクターを、名優たちが的確に繊細に演じている点も、本作をより身近に感じさせる要因だろう。
(高森郁哉)