世界から猫が消えたならのレビュー・感想・評価
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明日死ぬかもしれない時どうする
明日の朝を迎えるのが当たり前だったのにいきなり脳腫瘍になってしまった事が分かっても主人公みたいにパニクったりしない自信は無いな。
ましてや悪魔が明日死ぬと伝えに来たよ。死なないで済む方法としてひとつこの世から消せば一日寿命が延びるとさ。
最後に電話する相手は誰か、最後に観る映画は何か、確かに少し考えさせられてしまうね。明日死ぬかもしれない時どうするのかな。答えは出ないね。宮崎あおい、奥田瑛二、濱田岳、原田美枝子らそうそうたるキャストだったね。
死が教えるもの
エンディング直前、「ボク」が父に会いに行く瞬間、母が生まれたばかりの「ボク」を抱えて自宅に戻ってくるシーンに置き換えられる。
父は初めてわが子を見ると「ありがとう、生まれてきてくれて、ありがとう」と言ったところでエンディングロールとなる。
この瞬間、どうしようもなく涙があふれてきた。
もしも世界から猫が消えたなら、この世界はどう変わるのか? もしも僕が死んでしまったら誰か悲しむ人はいるのだろうか?
タイトルのこの問いかけに対し、父の言葉が返答としてあるのだろう。
しかしその返答は、問いかけに対するダイレクトなものではない。
その行間を埋めるのが、この作品そのものなのだろう。
「ありがとう」で終わる幸せ
それは感謝の心を差し出す「喜び」
この作品は、なんとも言葉にできない心の揺らぎを感じてしまう物語だ。
もう一人の「ボク」は、エゴといった存在だろうか。
「一つ得るには一つ失わなければならない」
自分の命1日分と「何か」
命こそ絶対一番大事なものだと決め込んでいること
その対価はこの世界にある「何か」
その何かは想い出とともにあるが、それが消えることで思い出も一緒に消えてゆく。
「それが欲しいなら、何か代わりのものをくれ」
一見対等な取引 常識的なこと 当たり前のこと それが公平
では、この価値対価はすべてに当てはまるのだろうか?
シェイクスピアもあの「ヴェニスの商人」で同じ問いかけをしている。
この作品には、このことを自分自身の中で行うという面白さがある。
ボクの人生 ボクの想い出 ボクの命 ボクの大切なもの…
これに置き換えることができるものは、この世界には、ない。
置き換える比較そのものができない。
しかし、
突然告げられた死の宣告
喚きたい妄想とは逆に妙な落ち着きとともにある絶望感のボク
そんな中で感じる「死と何かを比較してしまう思考」が生み出した究極のエゴ
もうひとりのボク
生きられるなら、何を犠牲にできるのか?
さて、
作品のあちこちにチャップリンの「ライムライト」の文字が登場する。
この映画そのものは象徴だと思われるが、タツヤが話すチャップリンの言葉がこの作品の背景にあるのだろうと思った。
「人生は近くで見ると悲劇だが、遠くから見れば喜劇だ」
普遍的な言葉だ。
またこの言葉と作品との互換性をどうとらえるのかは自由だ。
だが、
物語で主人公の想い出が教えてくれるのは、「ボク」はみんなに愛されていたことだろう。
この気づきが主人公にとっての人生に対する感謝へと変わるのだ。
病気の場合、実に多くの人々が医者から通告される「死」
誰もが最後に直面するこの事実
受け入れられるはずのない事実
葛藤
やがて、
誰にでも「モノの見方を変える」必要性が起きるのだろう。
誰かが何かをしてくれる期待を、自分から感謝を差し出す思いにシフトした時、
手振れのひどい写真の意味 「キャベツ」を持って来たのが父だったこと そして、「ボク」が生まれてきたときに父が言った言葉
それらを思い出したとき、父への確執が感謝に変わったのだ。
「この世界がかけがえのないものでできているのを知った」のだ。
言葉で表現するのが難しいが、胸が熱くなった。
良い作品だと思う。
かけがえのないモノは?
僅かな時間しか残されてない若者の命と引き換えに消していいものを選べと自分の分身の悪魔が囁く。
最初は、彼女との思い出の「電話」が消されると彼女との思い出も消え去り、彼女も主人公の事を忘れてしまう。
その後、「映画」はいらんだろという指示があり、唯一無二の親友との友情も消える。
旅先で出会っていた先輩バックパッカーがつい今そこでお別れしたばかりなのに車に轢かれて死んでしまう。
お母さんとの思い出の猫「レタス」と「キャベツ」。
残っている「キャベツ」も消されようとするが、主人公は、かけがえのないものを失くすぐらいならじぶんの命は惜しくないとようやく思えるようになる。
この映画は、少し時間の前後があり、その点は難しかったが、この世には、「かけがえのないモノ」というモノは、人それぞれにあるはずなので、なんでもなくしていいと思わないようにして欲しいというメッセージが伝わってきた。
レタスとキャベツ
原作より映画の方が好き
なんでも消して良いんじゃなくて、主人公の大切なものが消えていく。消えるたびに主人公の体がもぎ取られていくような喪失感の中、自分が素晴らしい人たちと素晴らしい時間を過ごしたことを再確認し死への覚悟が決まる。当たり前と思っていたことは当たり前じゃないという使い古された考えを綺麗に教えてくれる作品。全てに感謝
だめだ、こりゃ(笑) なんでも死を絡めりゃいいってもんじゃないんだ...
時系列が・・・
<<あらすじ>>
余命わずかの平凡な30歳の郵便配達員(佐藤健)の前に、
自分と同じ容姿を持つ悪魔(佐藤健)が出現する。
その悪魔は、彼の身の回りの大切なものと引き換えに一日の命を延ばしてくれるという取引を持ち掛ける・・・。
■1日生き延びる為に何か1つ失う
面白い内容だと思い、最初は期待して見てましたが・・・
■時系列の入れ方がヘタ。
時系列の入れ替わりが多く、少し混乱します。
DVD貸してくれるタツヤのシーンでも『今日はこれだ』って何日も借りてて
あれ??1日だけ生き延びるんじゃないの??って思って
過去の回想シーンなのか、よく分からなくなる・・このシーンが一番混乱したかな。
それから海外旅行のシーンで、元カノがまた再登場してて、どゆこと??と混乱し、
レタス亡くなったシーンでも冒頭の自転車乗ってた猫は何??・・と混乱し・・
数分後には、ぁぁ・・そゆことか・・と納得するのですが、
過去回想シーンの入れ方ヘタすぎん??
編集と構成がひどく、視聴者のことを考えていない印象です。
■唐突に現れるトム
バックアパッカーのトムさん・・愛着が沸く前にあっけなく死亡。
そして彼女の「生きてやる」宣言。
どこまでトムさんとの友情が深いのか分かりませんけど
敬語で話してたくらいだから、そこまで深くないよね?
他人が死んで、私は生きてやる・・って思うのかなぁ??
トムさんが生きてやるーって言ってたから??なんか謎発言よ??
これに違和感かんじたから別れたの??
ちなみにこの海外旅行のシーンは過去の回想シーンなんだけど
佐藤健が「例えばもうすぐ自分が死ぬとして最後の時間を過ごす場所を決めないといけないとしたら・・」なんて会話をするので、回想シーンと見分けつきにくい紛らわしさもあるのよね。
■サバトラ猫ちゃんが可愛い♥
犬派の私ですが、猫ちゃん可愛すぎる(*´艸`*)
猫ちゃん出てくるたびに、なんかグッとはくるんだけども・・・
タオル巻いてるシーンは必見です♡
■お涙頂戴系だけど泣けない・・
恋愛映画?家族映画?動物映画?テーマがごちゃごちゃしてるんだけど
とにかく過去シーンとの時系列の入れ方がヘタなので、どうにも感情移入しずらいんです。
■理解力が無いのかな?最後よく分からなかった。
レタスからキャベツのくだりの、ぶっきら棒なお父さんの隠された愛、
夫婦愛で締めくくる感じで終わるんだけど・・
う~~~ん??主人公どうなったん??死んだのん??
これって過去の回想で終わってるのん?思い出しながら死んだのん?走馬灯的な?
それとも夢ヲチだったのか?余命までの幻想だったのか?
脳腫瘍だしな・・死にたくない主人公が最後は死を受け入れた
寿命まで1週間の走馬灯的な幻覚・・ってなやつかな。
■フォローするなら・・
私、夢ってよく見るんですよ。予知夢とか夢の中で夢って気づいたりとか
夢の中で夢を見てて、それも夢だったとか・・。
夢って場面がコロコロと変わるんですよね。
この映画の回想シーンがコロコロ変わるのは夢だから・・という意図が
監督にあったとするなら・・ある意味深い作品だと思います
個人的には残念な仕上がりだったような。
回想シーンをうまく構成してたらもっと良い映画だったなぁ~と思えたはず。
いい話なのに惜しいなぁ・・と思いました。
タイトルに騙されないでw
とても良かったです。
おかあさんの手紙は泣けました。
世界から猫が消えたならというタイトルですが、
命に直面したときに
自分のことを振り返り
世界から自分が消えたときのことを考えさせらえる
とてもじんわり目頭が熱くなり
響く映画でした。
濱田岳くんすごくよかったです。
すごい俳優さんやなぁ。
エモい映像、佐藤健、猫
佐藤健さん主演作品ということで観ました。このレビューのタイトルまんま…それ以上でもそれ以下でもなくという感じです。
カタルシスに欠ける、ありがちな邦画だという印象です。ストーリーで何が伝えたいのかフワっとしているというか、ヒロインの「生きてやる」や末期の母との海辺の写真撮影とか泣き所として設定されているとは思うのですが、個人的にはなんだかそれが逆に薄ら寒く感じてしまいました。
「平凡な青年が自分の人生を振り返ったときにかけがえのないものに支えられて生きていたんだな、と実感する話」ではあるのですが、啓発書のような説教臭さを節々に思わせられました。
佐藤健さんの1人2役的な演技や、猫ちゃんの可愛さだけを楽しむにしても尺がそれなりに長くて物語の起伏がないのと、話全体の雰囲気が重いのとであまりオススメはできないかなぁ…と思いました。
あらすじの印象と異なった
エンディングで岡田惠和と知り
なるほど。
出だしで、予想していた雰囲気とは異なったのでスマホ片手にながら見。
最後はホッコリ。宮崎あおいちゃんも猫もカワイイ。
鑑賞時のコンディションによっては
号泣ものなのかな?
地上波の録画を鑑賞
言いたいことは理解できます
原作未読です。
言いたいことは、good。私も常に考えてます。
「ファイト・クラブ」「アンダー・グラウンド」も大好きだし。
でも、この作品はしらけました。
そもそも「ファイト・クラブ」と比較するのも身の程知らずですが、深みが葛藤が哲学が足りないのです。私、「ファイト・クラブ」を観たあとは、2週間位、生きる葛藤で体調不良になりましたもん。でも、監督は、フィンチャーとか好きそうですね。でも、広告代理店側がこんなに説明過多の浅い作品にしてしまうのでしょうか?日本映画界がやばいのは、広告代理店のせいな気がする。
町山さんも良く言ってますが、辛く苦しいことは社会に沢山転がっているのに、日本は難病ものに逃げてしまい、全てが似たり寄ったりのお涙頂戴浅い作品になってしまうのが良く分かりました。
作中に、レンタルビデオ(DVD)屋さんが出てきて、そこは良かったです。配信で観る方が楽ですが、レンタルビデオ屋で作品を選ぶワクワク感は、何ものにも変えられない至福の時ですよね。
映画好きなら是非!
オムライスを食べるとき、パセリをそっとよける僕(佐藤)。悪魔(佐藤二役)が何かを消せばと言ったとき、つい「パセリ」と言ってしまうが、何を消すかは悪魔が決めること。電話を消すから、最後に電話したい人を選べと告げられ、映画館ミナト座に勤める別れた彼女(宮崎)を選ぶ。元々は間違い電話が縁で付き合ってた2人。世界から電話が消えると、彼女との関係までもが消えてしまう。
次に消すのは映画。毎日僕にDVDを貸してくれるタツヤ(濱田)に死ぬ前に観る映画を借りようとするが見つからない。そして、映画が世界から消え、タツヤが勤めるビデオ店も本屋に変わり、映画に関するものが全て消え去ってしまう。『メトロポリス』、『ライムライト』、『ブエノスアイレス』、『花とアリス』、『太陽を盗んだ男』・・・全てだ。
アルゼンチンのエピソードは唐突すぎて理解不能になりそうだったけど、旅先で知り合ったトムさん(奥野瑛太)が別れ際に交通事故死してしまい、人が死ぬということはこの世からいなくなることなんだと改めて知らされる僕と彼女。徐々に、消えるということがどういうことなのかを訴えてくる内容だ。大切な人との関係も消えてしまう・・・
次は時計が消える。僕の父親(奥田瑛二)は町の小さな時計店を営んでいる。母は病気のため他界したが、その関係も怪しくなってくる。そして、猫を消すと言われたとき僕は考える。大切なものを失ってまで命を延ばしていいものなのか?そして遺書を書くことになるのだ。
前半に、電話、映画と消えていく描写がわざとらしいほど素敵。映画ファンならば泣いてしまうかもしれない(笑)。猫のネーミングも子供時代に拾った時の段ボール箱からレタスと名付け、そして二代目はキャベツ。何となく、猫よりも映画が消えた方がショッキングだったのは映画ファンならではのことなのかもしれない。
脳腫瘍の診断を受け、余命わずかと知らされた青年の前に悪魔が現れ、命...
だれもがふと考える
普通に面白かったです。
予告でもあるように、主人公が1日命を延ばすために
何かを一つ失うという条件で話が進みます。
何を失うかは言えませんが、その失ったものの思い出が
強ければ強いほど心が痛む強さもまた大きいということ。
回想の部分も多いので、時間軸がわかりにくいですが、
前半のストーリーは切ないです。
逆に後半、ラストに向かうストーリーは自分的にはいまいち
わかりづらいように感じ、胸に響きませんでした。
見終わった後のエンドロールが流れながらの主題歌が流れる流れが、
とても印象深いです。
一つ疑問に思うのが、明日死ぬと宣告されたのに、
何日間か生きているように感じるのは自分だけでしょうか。
それとも明日死ぬかは不確定で、生きていられるのはあと少しという感じなのか。
人は誰しも自分が死んだらあとのこの世界はどうなるのか。
自分は死んでも悲しむ人はいるのだろうか。
自分はいてもいなくて何も変わらないだろうか、と考えたことがある人は
この作品に惹かれるものがあるかもしれません。
生きるとは
この作品、タイトルだけ見た時は完全なる動物フォーカスの「旅猫リポート」とかそのあたりの作品と似たようなものかな、と勝手に思ってました。が、違いました。
内容はまさかのファンタジー。
主人公は佐藤健さん演じる、キャベツという名の猫と暮らす30歳の「僕」。
郵便配達員として働いていたとある日、自転車から倒れた先の病院で余命1週間の末期の脳腫瘍であることを伝えられる。
そんな僕の前に自分と同じ顔をした人物が現れて自分を悪魔だと名乗り「この世界から何かを消す代わりに1日の命を与える。しかし消すものを決めるのはアタシ」という取引を持ち掛けられる。非現実的な出来事に困惑しながらも主人公はその取引に乗る。
この世界から最初に消えることになったのは電話。
電話が消える前に最後の電話相手として選び待ち合わせたのは宮崎あおいさん演じる元カノの「彼女」。
彼女とは大学時代に彼女からの間違い電話がきっかけで付き合うこととなった。
もしもこの世界から電話がなくなったら、という例え話をして久しぶりに彼女に電話をして会いたくなった理由を告げる僕。
彼女は別れ際に「もしもこの世界から電話がなくったら嫌だな。だって電話がなかったら私たちは出会わなかったから」と話す。
しかし時既に遅し。彼女と別れた後のバスの中、悪魔はこの世界から電話の存在を消し去り、電話が消えたことで僕と彼女との思い出も消え、急いで会いに行った先、彼女は僕のことを一切覚えていなかった。
次に悪魔が消すと決めたのは映画の存在。
しかし映画は僕が大学時代にタツヤと親友になるきっかけになった存在であり、大学時代は毎日のように1本ずつ映画をおすすめされていた。
タツヤは現在10年以上レンタルビデオ店で働いており、僕はよくタツヤのおすすめの作品を借りに足を運んでいた。
もしもこの世界から映画がなくなるとして最後に見るなら何の映画がいいか1本おすすめしてほしいと繰り返したのむ僕に違和感を覚えたタツヤはなぜなのかを問う。
そしてタツヤは親友の僕が死ぬことを知り、店内を散らかしながら必死になって僕に見せたい最後の作品を探す。
しかし虚しくも悪魔は映画の存在をさらりと消し去ってしまい、タツヤが働くレンタルビデオ店に走って向かうも、店内はあっという間に書店に変わってしまい、タツヤと僕との思い出も消え、赤の他人となった。
そして時計の存在も消え、自分の母親が亡くなった時以来一切話すことのなくなった父親が経営していた時計店も消え去った。
自分の生き伸びる1日の代償に、この世界から本当はかけがえのない自分にとって大切なものが消えていく。
次に悪魔がこの世界から消すと決めたのは猫。
僕は過去に飼っていた愛猫のレタスが亡くなった日のこと、新しくキャベツを迎え入れた日のこと、レタスとキャベツを可愛がっていた生前の母のことを思い出していた。
僕は悪魔に対し、あなたのおかげでこの世界がかけがえのないものであることを知ることができたと感謝を告げ、この世界から猫を消さずに自身の死を受け入れる覚悟を決める。
すると次の日、自分のことを忘れていた彼女と親友は自分のことを覚えていて、僕は二人に最後の別れを告げた。
そして僕は自転車で父が営む時計店に父宛ての手紙とキャベツを連れて行き、最後は産まれたばかりの僕(赤ん坊)に父が「ありがとう(産まれてきてくれて)」と話しかけるシーンで幕を閉じた。
確かに死ぬことは怖いけど、自分の寿命を伸ばしてまで大切な何かを消すことって、実際にはただただ切なくて虚しいだけですよね。
自分は覚えているのに、大切な人達は自分を覚えていなかったり。思い出が綺麗さっぱりなくなったり。この作品を鑑賞して、存在する大切なもの全ての尊さについて学ぶことができました。
あとこれは個人的に。この作品の中で僕が土砂降りの雨の中キャベツを探し回るシーンがあるんですが、ここ最近では見ることのなくなった佐藤健さんの弱々しい姿のお芝居は、仮面ライダー電王の良太郎を思い出させる部分があり、個人的にグッとくるものがありました。
感動した
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